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9年前の“21分間のドラマ”鮮明に残る記憶と当時の思い

2018年1月29日16時0分  スポーツ報知
  • 09年8月の決勝戦、戦い終えたたえ合う中京大中京ナインと日本文理ナイン

 第100回の記念大会を迎える今夏の甲子園へ向けて、スポーツ報知では今月から夏までの大型企画「甲子園 あの時」がスタート。30日から掲載される2009年夏の決勝戦、中京大中京(愛知)と日本文理(新潟)の取材を担当した。

 6点を追う9回2死から始まった日本文理の猛反撃、中京大中京が耐え抜いた約21分間にスポットを当て、全10回でお届けする。

 私は当時のアマチュア野球担当で、決勝戦は日本文理を担当していた。9年前とは思えないほど、あの激闘の記憶は鮮明だ。

 日本文理打線が、再登板した中京大中京のエース・堂林翔太をKO。1点差まで迫ったが、痛烈なサードライナーでゲームセットという、劇的な幕切れだった。

 時間を計ってみると、堂林が1球目を投げてから、2死までが約1分20秒。2死からゲームセットまでが、約19分30秒。試合時間2時間30分の中で、濃厚すぎる約21分間だった。

 日本文理・大井道夫監督(現総監督)は「監督をやっているうちは、過去を振り返りたくない」という理由で、当時の映像を見ていないと言った。それでも当時の状況、心境、選手への思いなど、詳細に覚えていて驚かされた。

 エースの伊藤直輝投手(現ヤマハ)は、激闘の「光」と「影」を明かしてくれた。あの試合を「奇跡」と表現し「振り返るのはモチベーションの1つ」としながら、ここ数年は意図的に映像を見ていなかったという。右肘の故障を乗り越えてプレーを続けているが、現在の自身の姿を、当時の姿と照らしてしまうからだと言った。

 中京大中京・大藤敏行監督(現顧問)との取材は、気付けば2時間が過ぎていた。1つ1つのコメントがストレートで、熱がこもっていた。例えば、1点差に迫られたシーンの回想。「甲子園って怖いところですよね。(中略)『これ、負けたら辞めなアカンな』と。『準優勝でも、辞表を出した方がいいだろうな』って。ホント、そう思いましたね」。紡ぎ出された言葉と、真剣な表情に引き込まれた。

 エース・堂林翔太投手(現広島)と河合完治三塁手(現トヨタ自動車)は、9回表の守備が約21分にも及んだ事を伝えると、驚きを隠せなかった。堂林は「2アウトになって、みんながマウンドでワーッって集まるのを想像していたんですけど…。それから、そんなに長かったんですか…」。河合は「今、鳥肌が立ちましたね…。めちゃくちゃ長いですね…」。

 あの時の甲子園を共有した者として、今回のインタビューでは、その時々での、より微細な感情に迫った。あの場面で、何を、どのように考え、思っていたのか。甲子園の光景、空気感をどう感じていたのか―。9年前の記憶をたどり、本音を探った。当時を振り返り、今だから言える率直な思いを、たっぷりとお届けしたい。(記者コラム アマ野球担当・青柳 明)

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