【独占激白!松井秀喜】〈8〉長嶋茂雄氏との素振り秘話「誰にも言わなかったし、誰も知らなかった」

2018年1月23日16時0分  スポーツ報知
  • 1993年のキャンプで長嶋茂雄監督の前で素振りをくり返す松井秀喜(左)

 巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(43)=ヤンキースGM付特別アドバイザー=が史上最年少43歳7か月で野球殿堂入りを果たした。日米通算507本塁打を放った松井氏は、史上最多336票を集め、野茂英雄氏の45歳4か月を抜いて、史上最年少で選出された(プレーヤー表彰)。スポーツ報知では、松井氏の殿堂入りを記念して、「独占激白!松井秀喜」を連載する。

 後半は2013年5月に国民栄誉賞をともに受賞した巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(81)=報知新聞社客員=への思いを受賞時の独占インタビューから振り返る。

 ―素振りはどのくらいの頻度で行っていたんですか。

 「年を重ねるごとに増えていきました。自分の成績が上がるにつれて、です。(4番に定着した)00、01年の最後の2年間は、(東京)ドームだろうが、遠征地だろうが、ほぼ毎日やっていました。場所はドームならミーティングルーム、あとは監督の家やホテルの監督の部屋などです」

 ―毎日やっているとは知りませんでした。

 「知らないでしょうね。誰にも言わなかったし、誰も知らなかった。選手でも素振りをやっていることを知っている人はいたけど、毎日だったことは知らないでしょう」

 ―一番、印象に残っている素振りは。

 「やっぱり、東京ドームの最終戦ですね。監督が辞めることがわかっていて、これが最後だと思ったら、自然と涙が出て、止めることができなかった。もちろん、そんなことは初めてでした。でも、監督は『泣いてたら振れねえだろ』って(笑い)。実は次の日の甲子園でもやったんですけど(笑い)。翌年以降も折に触れて都内のホテルやニューヨークなどで続きました」

 ―ニューヨークではあのプラザホテルの最上階で素振りをしました。

 「バット2本持って、プラザの正面から入っていきましたよ(笑い)。監督の分もいりますから」

 ―長嶋茂雄さんがいなかったら、ここまでの打者にはなっていませんか。

 「なっていません。日米で500本ホームランが打てたか、と言われたらクエスチョンマークがつきます。確信は持てない。監督から受けた影響はそれだけ大きいです」

=つづく=(聞き手・鈴村 雄一郎)

 ◆松井 秀喜(まつい・ひでき)1974年6月12日、石川県生まれ。43歳。星稜高時代、甲子園4度出場。92年夏の甲子園では5連続敬遠され、社会問題にまで発展。高校通算60本塁打。92年ドラフト1位で巨人入団。リーグMVP3度、首位打者1度、本塁打王、打点王各3度獲得。03年にヤンキースへFA移籍し、09年ワールドシリーズで3本塁打を放ちMVP。エンゼルス、アスレチックス、レイズを経て12年限りで現役引退。13年に巨人・長嶋茂雄終身名誉監督とともに国民栄誉賞受賞。15年にヤンキースGM付特別アドバイザー就任。日本通算1268試合、打率3割4厘、332本塁打、889打点。日米通算2504試合、打率2割9分3厘、507本塁打、1649打点。

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