【独占激白!松井秀喜】〈9〉長嶋監督は「なぜそこまで僕に愛情を注いでくれたのか」

2018年1月24日16時0分  スポーツ報知
  • 1998年5月19日、巨人・阪神戦で2ランを放った松井を迎える長嶋監督(福岡ドーム)

 巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(43)=ヤンキースGM付特別アドバイザー=が史上最年少43歳7か月で野球殿堂入りを果たした。日米通算507本塁打を放った松井氏は、史上最多336票を集め、野茂英雄氏の45歳4か月を抜いて、史上最年少で選出された(プレーヤー表彰)。スポーツ報知では、松井氏の殿堂入りを記念して、「独占激白!松井秀喜」を連載する。

 後半は2013年5月に国民栄誉賞をともに受賞した巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(81)=報知新聞社客員=への思いを受賞時の独占インタビューから振り返る。

 ―監督を一言で表現すると。

 「難しいですね。師匠や恩人? それは間違いないんですけど、何でしょうね。冷静に考えたことはないですから。野球選手として、最も影響を受けた人であることは間違いありません」

 ―2人の出会いは必然だったんですかね。

 「冷静に考えると、何か見えない力で引き寄せられたんだな、と。自分で今はこう思うんです。『何で僕だったんだろう』と。『監督はなぜそこまで僕に愛情を注いでくれたのかなあ』と。あれだけ忙しい人ですよ。そんな中で、毎日毎日、自分のために時間を割いてくれました」

 ―でも、監督は松井秀喜にそれだけの資質や素質を見いだしていたのではないですか。

 「だとしても、そこまで自分の時間を削れないですよ。監督の中で松井秀喜に対する使命を感じていたのかもしれません」

 ―松井秀喜を作り上げたのは長嶋茂雄だと。

 「本人以外で名前を出せるのは、監督以外にはいません。打撃だけではなく、考え方やすべてにおいてです」

=つづく=(聞き手・鈴村 雄一郎)

 ◆松井 秀喜(まつい・ひでき)1974年6月12日、石川県生まれ。43歳。星稜高時代、甲子園4度出場。92年夏の甲子園では5連続敬遠され、社会問題にまで発展。高校通算60本塁打。92年ドラフト1位で巨人入団。リーグMVP3度、首位打者1度、本塁打王、打点王各3度獲得。03年にヤンキースへFA移籍し、09年ワールドシリーズで3本塁打を放ちMVP。エンゼルス、アスレチックス、レイズを経て12年限りで現役引退。13年に巨人・長嶋茂雄終身名誉監督とともに国民栄誉賞受賞。15年にヤンキースGM付特別アドバイザー就任。日本通算1268試合、打率3割4厘、332本塁打、889打点。日米通算2504試合、打率2割9分3厘、507本塁打、1649打点。

独占激白!松井秀喜
今日のスポーツ報知(東京版)
報知ブログ(最新更新分)一覧へ