名将・栽監督の教え伝える、59歳の新米監督・岸本幸彦氏の挑戦 

スポーツ報知
1、2年生22人で夏初勝利を目指す沖縄カトリックナイン

 いよいよ高校球児たちの夏がやって来た。第100回全国高校野球選手権記念大会(8月5日から17日間・甲子園)沖縄大会が、全国のトップを切って23日に開幕する。創部2年目を迎えた沖縄カトリックの岸本幸彦監督(59)は、沖縄水産などを率いた故・栽弘義監督(享年65)の教え子。59歳の新米監督は、同氏から学んだ野球を子供たちに伝えながら、夏の初勝利を目指している。 (青柳 明)

 夢を諦めきれなかった。岸本監督が高校野球監督挑戦を決意したのは、沖縄尚学高職員として務めていた57歳の時だ。きっかけは、高校で監督を務めていた同級生からの年賀状。そこには「高校野球、もう上がります」と書かれていた。「自分はこのままでいいのか、って。本当はやりたかったんじゃないのか、って。栽先生に教えてもらった野球で甲子園に行きたいと」

 定年目前。監督経験なし。妻からも反対された。「高校野球部の監督を、任せてもらえないでしょうか」。簡単にいかないことは分かっていた。北海道から沖縄まで、全国30校以上に電話をかけた。「ダメ元ですよ。普通は監督さんがいるし、その人を動かさないといけない。でも、自分から動かないと何も始まらないから」。熱意は伝わった。沖縄カトリックが硬式野球部創部を決め、保健体育科の教諭として採用された。

 夢への一歩を踏み出したが、文字通りゼロからのスタート。1期生の勧誘から、苦労の連続だった。1999年センバツでは、沖縄尚学が県勢初の甲子園制覇。2010年には、興南が史上6校目の春夏甲子園連覇を達成するなど、勢力図は大きく変わった。沖縄野球の礎を築いた栽氏は「沖縄水産を率いた名将」であり、豊見城の主将として76年春夏連続甲子園出場を果たした岸本監督のことも、今の子供たちは知らない。「一緒にやろう、って。甲子園を目指そうって。それしかないですよ。実績もない、きちんとしたグラウンドもない。だから、熱意しかないんです」

 17年4月。志を持った12人の1期生を迎えた。練習初日。指揮官は、自身が持ち帰った甲子園の土を、ナインの真新しいユニホームに振りかけた。「おまじないっていうかね。『君たちも3年後に甲子園へ行くんだよ』って。一緒に頑張ろうな、っていう思いでね」

 今春就任した枝松ひとみ部長(52)は、野球部創部に驚きを隠せなかったという。「まさかこの学校に野球部ができて、このグラウンドで練習をするとは思わなかった」と笑った。学校全体にも変化が表れているといい「先生の熱意ですね。野球部ができて、さわやかな明るい風を吹き込んでくれています。活気づいたのは感じられますね」と続けた。

 さあ、2度目の夏がやって来た。指揮官は「去年、真新しいユニホームを着てグラウンドに立っただけでも鳥肌が立った。3年で甲子園へ行くと言ってきた。今年は何としても1勝したい。1勝することができれば、選手の自信にもなっていく」。まな弟子たちと分かち合う歓喜の瞬間を、心待ちにしている。

 こぢんまりとしたグラウンドに、沖縄カトリックナインの活気があふれていた。岸本監督は「最初は膝ぐらいまで草が生い茂っていて。それを全部刈って、土を入れて。ようやく、ここまで来ましたよ。限られた環境でも考えてやるのが、栽先生の教えでもありましたから」。日焼けした顔で、陽気に笑った。

 変形的なグラウンドは民家に囲まれ、内野ノックが精いっぱい。外野ノックは最も距離を取れる直線を利用して、打撃マシンでフライを上げる。打撃練習で活躍するのは、お手製の打撃ケージだ。打席前方に直径約2メートル程の穴が空けられ、ライナー性のセンター返しだけ、打球が抜ける。指揮官は「普通の学校みたいに打撃練習をしたら、外に飛び出して大変なことになる。気持ち良くは打てないかもしれないけど、しっかりミートして、この穴を抜ければヒットになる。試合で外に行くと、のびのびやってる」。

 今春から台湾人留学生3人も加わり、2学年で22人となった。チームを引っ張るのは、中学時代に宜野湾ポニーズで沖縄選抜に選ばれた経験を持つ金城来南(こなん)内野手(2年)だ。県内強豪校への進学も検討していたが、指揮官の情熱に胸を打たれた。「自分たちで一からチームを作って、甲子園に行こうと。野球に対して熱い気持ちを持っている方で、一緒に甲子園を目指したいと思った」。4人のチームメートと入学を決意し、現チームの核となっている。

 1年生12人で臨んだ昨夏は、栽氏が初めて監督を務めた小禄にコールド負け。だが秋には、16年夏の甲子園に出場した嘉手納から公式戦初勝利を挙げ、初めて球場に校歌を響かせた。今夏の初戦は来月1日。昨夏の練習試合で勝利している与勝と対戦する。金城主将は「最低でもベスト16。ベスト8は狙いたい」。平成最後の夏に、新たな歴史を刻む。

 ◆沖縄カトリック(宜野湾市)2004年創立。私立の中高一貫共学校。生徒数は146人(うち女子72人)。野球部は昨年創部。同一敷地内に保育園、幼稚園に加え小、中学校もある。英語教育に力を入れており、東大や東京六大学などにも進学実績がある。ソーイング部などが盛ん。

 ◆岸本 幸彦(きしもと・ゆきひこ)1958年12月19日、沖縄・那覇市生まれ。59歳。豊見城では栽氏の指導を受け、エース・赤嶺賢勇(元巨人)を擁して2年時の75年センバツ8強。3年時は主将として春夏連続出場。大体大へ進学し野球を続けたが、指導者の道を諦め、地元の琉球銀行に就職。その後、沖縄尚学高職員を務め、2016年から沖縄カトリック保健体育科教諭。17年に硬式野球部を創部し、監督に就任した。

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