松中、野球人生最後の1ピース見つけるため「勝負させて」

2016年2月10日5時45分  スポーツ報知

 昨季限りでソフトバンクを退団した松中信彦内野手(42)が9日、千葉・君津市内で自主トレを打ち上げた。他球団の入団テスト受験を目指し、社会人時代を過ごしたかずさマジック(旧新日鉄君津)の君津球場を1月30日から間借り。移籍先が決まらない今の心境を本紙に激白した。引退も覚悟しながら「最後の勝負をかけさせてもらいたい」と強調。今後は福岡を中心に調整。17日からは再びかずさマジックの鹿児島キャンプに参加する予定だ。(聞き手・長田 亨)

 古巣の後輩選手、関係者一人一人にあいさつした。11日間の自主トレを打ち上げ、松中が口を開いた。

 「僕はこの場所で育った。もう一度、ここからスタートしたかったですから」

 昨年10月から体づくりに励んできた。出会って4年目のケビン山崎氏に指導を受け、体重は5キロ減の95キロ。けがをしにくい筋肉をつけた。グアムでは元同僚の松田や柳田らと練習した。

 「最高の準備ができました。ベストの状態です。もう1回、この体をチャレンジさせたいですね」

 入団テストを希望し、恩師のソフトバンク・王球団会長には「自分からどんどんアピールするんだぞ」と背中を押された。誰にも頼らず、自身で売り込みをかけている。すでに数球団と接触したが、世代交代を理由に断られている状況だ。

 「衰えは感じているし『衰え=引退』も模索しています。その衰えをどうしようかと、この4か月を過ごしてきました。僕の野球人生をパズルで言うと、あとは最後の1ピースなんです。勝負をかけて、1ピースを見つけたい。勝負した結果、その1ピースが引退でも構いません」

 ホークスひと筋19年。平成唯一の3冠王は「笑われていい」と言い切った。

 「何とかチャンスをいただきたいです。不合格になってもいいです。変な言い方かもしれませんが『ラッキー』とか『松中って意外と使えた』と感覚を持っていただければ…。拾い物でいいと思っています」

 去就の最終決断は2月末をメドにしている。育成選手や独立リーグなどを固辞するのは「若い選手の芽を摘むわけにはいかない」という理由からだった。同級生の中村は11年5月にDeNA入団。結論を先延ばしにしないのは、松中なりの考えがあった。

 「一番は年齢。当時のノリは30代ですよね。実戦から離れるほど(対応は)難しい。次の人生、次のステップを考えなきゃいけない事実もありますから…」

 この日福岡に戻り、カブス・川崎とも練習する。17日からはかずさマジックのキャンプに参加。出場はしないが、19日のソフトバンクとの交流試合(生目の杜第二)にも帯同予定だ。

 「自分の決断に後悔はしていません。責任は自分で取らなきゃいけない。最後の最後、ボロボロになっても勝負をかけたいです」

 ◆松中 信彦(まつなか・のぶひこ)1973年12月26日、熊本県生まれ。42歳。八代一高(現秀岳館高)から新日鉄君津(現かずさマジック)を経て、96年のドラフト2位でダイエー(現ソフトバンク)入団。04年に史上7人目となる3冠王に輝くなど、打撃タイトル多数。00、04年にはパ・リーグMVPを受賞。通算成績は1780試合で打率2割9分6厘。352本塁打、1168打点。183センチ、95キロ。左投左打。既婚。

  • 楽天SocialNewsに投稿!
プロ野球
今日のスポーツ報知(東京版)