松中現役引退 オファーなく決断プロ19年で幕「本当に悔いはありません」

2016年3月1日4時58分  スポーツ報知

 昨季限りでソフトバンクを退団した松中信彦内野手(42)が29日、現役引退を決断した。他球団の入団テスト受験を目指しながら、オファーのない状況で進路を熟考。この日、福岡市内で取材に応じ、2月いっぱいと定めていた去就について結論を出した。2004年に史上7人目となる3冠王に輝くなど、プロ野球界に名前を残したレジェンド。19年間の現役生活にピリオドを打ち、1日に会見を開く。

 現役続行の扉は開かなかった。落ち着いた口調で、松中が切り出した。「引退します。後悔はありません。自分なりに全力で取り組んできた結果なので…」。福岡市内で取材に応じ、19年間のプロ野球生活にピリオドを打つことを決断した。去就の結論を2月いっぱいに設定。この日までにオファーが届かず「ズルズル待つより、決めなきゃいけない」と腹をくくった。

 昨季限りでソフトバンクを退団し、他球団の入団テスト受験というわずかな可能性にかけた。衰えを素直に認め、それでも「最後の挑戦。パズルの最後の1ピースを埋めたい」と我を通した。恩師のソフトバンク・王貞治球団会長には「自分からアピールするんだぞ」と背中を押され、たった一人で売り込みをかけた。セ・パを問わず、計6球団と接触。世代交代を理由に断られ、現実を受け入れた。

 「なかなか厳しい返事が多かった。オファーがなくて、テストを受けられなかった。純粋に、それが一番(の理由)ですね…」。国内の独立リーグ1球団から誘いはあったが、次世代の成長を願って固辞。「最後の1ピースが引退。本当に悔いはありません」と表情に寂しさはなかった。

 ダイエー時代からホークスひと筋。昨年末には、長く「MK砲」として黄金期を支えた侍ジャパン・小久保監督と2人きりで食事をした。「弱い時代にプロに入り、チームを強くすることに貢献できた。ホークスや福岡のファンには、感謝の気持ちしかありません」。最も印象深い本塁打は11年11月4日、西武とのCS最終ステージ第2戦(ヤフーD)。牧田から打ったCS史上初の代打満塁弾だという。思い出に残る投手は松坂(現ソフトバンク)。西武のエース時代に死闘を繰り広げ、「大輔(松坂)との対戦はいつも楽しみだった」と懐かしそうに振り返った。

 2月27日には福岡市内のジム「トータル・ワークアウト」を訪問。体づくりを支えてくれたケビン山崎氏とトークショーを行い、精いっぱいの礼を尽くした。「将来は指導者になりたいですね。引き出しを増やして、次の目標に向かっていきます」。五輪、WBCと国際舞台でも活躍したスラッガー。平成唯一、現役最後の3冠王が、静かにバットを置いた。

 ◆松中 信彦(まつなか・のぶひこ)1973年12月26日、熊本県生まれ。42歳。八代一高(現秀岳館高)から新日鉄君津(現かずさマジック)を経て、96年のドラフト2位でダイエー(現ソフトバンク)入団。2004年に史上7人目となる3冠王。首位打者2回、本塁打王2回、打点王3回。00、04年にはパ・リーグMVPを受賞。日本代表としても96年アトランタ五輪銀メダル、06年の第1回WBC優勝。183センチ、95キロ、左投左打。既婚。

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