【西武】星2軍育成コーチ「巨人に勝ちたい」“戦力外”から5秒後まさか…

2016年12月12日15時0分  スポーツ報知
  • 11年8月18日の楽天戦(西武D)で菊池を好リードし、プロ初完投に導いた星。お立ち台で大歓声を受けた
  • 西武・星は12年間のプロ生活で常に全力プレーを貫き、ファンの支持を集めた
  • 05年1月の入寮では「巨人の星」にちなみ、飛雄馬の父・一徹がひっくり返すちゃぶ台を持参した星(右は三木均)

 記録ではなく、記憶に残る選手だった。巨人、西武でプレーした星孝典捕手(34)が今季限りで12年間の現役生活に終止符を打ち、来季から西武の2軍育成コーチを務める。ユーモアにあふれた誠実な人柄は、多くの野球ファンに愛された。汗にまみれた日々を振り返るとともに、指導者としての夢を明かした。

(構成・加藤 弘士)

 夢の終わりは、新たな夢の始まりを意味していた。10月7日、星は球団幹部から、戦力外を通告された。けがにも苦しみ、ここ2年間、1軍出場はなかった。打診されたのは、2軍育成コーチへの転身だった。

 「もっとやりたいという欲はありましたが、球団からはっきり『戦力外』と言っていただいた。ある程度、引退への踏ん切りはつきました。指導者への転身は『戦力外』と言われて5秒後ぐらいの話なので、『えっ!?』って思いました。ありがたいですよね。たいした成績も残せなかったのに、また野球に携われるチャンスをいただいたんですから」

 プロ入り前から、将来の夢は指導者。帰宅すると小2の長女・よつはちゃんに聞いた。「来年、選手じゃなくて、もしかしてコーチになるんだけど、どう思う?」。よつはちゃんはしばし思いを巡らせた上で、こう答えた。「コーチになっても、それでもパパが頑張るなら、応援します」。球団幹部へと受諾の連絡を入れた。それから3日後、教育リーグが行われている宮崎へ飛んだ。数日前まで同僚だった若手選手との関係は、大きく変わった。

 「不思議な感じでしたよね。立場が違う状態で会うわけですから。選手のころはナメられていて(笑い)、みんなフレンドリーに接してくれましたが、今後はTPOというか、わきまえるところはわきまえて。それでも他のコーチの皆さんと比べれば、年も近いし、接しやすい存在のほうが、違った角度からアプローチできるのかなと思っています」

 東北学院大から04年ドラフト6巡目で巨人入り。球団史上初の「巨人の星」は話題になった。05年1月。ちゃぶ台を持参しての入寮は語りぐさだ。巨人時代の一番の思い出は同年10月4日、広島戦(東京D)でのプロ初スタメン。野間口との新人バッテリーで、その年の最多勝に輝いた黒田に土をつけた。

 「相手以上に自軍のメンバーにビビっていました。ピンチでマウンドに行くと、小久保さんに仁志さん、阿部さん、川中さん。外野には由伸さん。『なんだこれ、テレビゲームの世界だ』って。『これが1軍なんだな、プロ野球なんだな』と思いましたね」

 当時の巨人は阿部が扇の要に君臨。層の厚さに阻まれ、2軍生活は長引いた。そして7年目の11年3月11日。故郷の宮城を大地震が襲った。名取市内の実家で両親と同居していた祖父・善太郎さんと祖母・みつさんは津波の被害に遭い、遺体で発見された。3月28日、星は衣類やマスク、おむつなどが入った段ボール80箱分の物資を積み込み、ふるさとへとワゴン車を走らせた。遺体安置所では祖父母の亡きがらと対面した。

 「運べるものは運んで行こうと。必死でしたね。何かせずにはいられなかった。じいちゃん、ばあちゃんがよく言ってたんです。『人様のためにやることをやりなさい』と。だから、とにかく行動しなくちゃって」

 西武への金銭トレードが決まったのは、その年の5月のことだ。渡辺久信監督(現シニアディレクター)は当時、獲得の意図をこう語っていた。「俺が2軍監督の頃から、対戦するたびに、星を欲しいなと思っていたんだ」。2軍でも気持ちを切らさず、全力でプレーする姿。見ている人はしっかり見ていた。

 巨人の6年間では1軍通算18試合にとどまったが、移籍後は11年だけで1軍の40試合に出場。高卒2年目・菊池雄星の専属捕手として、スタメンに名を連ねた。

 「雄星とはお互い経験のない出たての選手で、東北の田舎者の引っ込み思案の二人だったんで。試合中に投球フォームが変わるぐらいですからね(笑い)。そんな雄星を見ていると『ウソでも、堂々としていなくちゃいけないな』って。雄星には感謝ですよね」

 同年8月18日、楽天戦(西武D)。好リードで雄星をプロ初完投勝利に導いた星は、左腕とお立ち台へ。その写真は翌日、スポーツ報知の1面を飾った。CS第1ステージの大事な試合でも、マスクをかぶった。

 「あの年は多分、自分の力だけでなく、違う力が働いていたとも思います」

 理想の指導者を聞くと、笑顔でその名を挙げた。

 「巨人でお世話になった野村克則さん。苦しんだ時期に親身になって話を聞いてくれた。2軍の監督やコーチと選手との間にいる存在だと、僕は勝手に思っていました。僕もそんな存在になれたらと思います」

 第二の野球人生。コーチとしての夢は、何ですか。

 「選手でかなえられなかったのが、日本シリーズで巨人と戦うこと。僕がちょっとでもかかわった選手が、菅野や内海を打って、橋本到の盗塁を刺せるようにしたい。そういう楽しみをモチベーションに、いつか日本シリーズで巨人に勝てるよう、08年以来の日本一に貢献していきたいです」

 ◆星 孝典(ほし・たかのり)1982年5月4日、宮城・名取市生まれ。34歳。仙台育英では2、3年と夏の甲子園に出場。東北学院大では2学年下の岸孝之(現楽天)とバッテリーを組んだ。04年ドラフト6巡目で巨人入団。11年5月に金銭トレードで西武に移籍。通算138試合に出場し、打率1割9分1厘、0本塁打、3打点。175センチ、82キロ。右投右打。

  • 楽天SocialNewsに投稿!
プロ野球
今日のスポーツ報知(東京版)
報知ブログ(最新更新分)一覧へ