阪神・岩田にゴールデンスピリット賞 1勝ごと10万円「1型糖尿病研究基金」に寄付

2017年11月8日16時0分  スポーツ報知
  • ゴールデンスピリット賞の受賞が決まった岩田は甲子園球場でポーズをとる

 プロ野球人の社会貢献活動を表彰する報知新聞社制定「ゴールデンスピリット賞」の第19回受賞者が7日、阪神・岩田稔投手(34)に決定した。自身も大阪桐蔭高2年時に発症した1型糖尿病患者で、09年から毎年、1勝につき10万円を「研究基金」に寄付。患者と家族を球場に招待してきた。インスリン注射を打ちながらマウンドに立ち続ける勝負根性と、闘病患者に優しく寄り添う姿勢も高く評価された。表彰式は12月7日に都内のホテルで行われる。

 病と闘ってきた不屈のサウスポーに、思いがけない知らせが届いた。受賞を聞いた岩田は顔をほころばせた。

 「まさかこのような賞をいただけるとは思っていませんでした。歴代の受賞者を見ても、そうそうたる方々の名前があって、本当に僕がもらってもいいのかな、という感じです。表彰されるためにやってきたわけではありませんが、地道な活動を評価していただけたのかなと思います」

 09年シーズンから1勝につき10万円を「1型糖尿病研究基金」に寄付。糖尿病患者の慰問や球場招待にも尽力した。自身と同じ病気を抱える患者に寄り添ってきた真摯(しんし)な思いが、ついに日の目を見た。

 原因不明の発病が、野球人としての原動力となってきた。大阪桐蔭高2年の冬に体調を崩し、病院へ行くと、そのまま入院生活を強いられた。風邪をこじらせたと思っていたが、1型糖尿病と診断された。

 「食べても体重が10キロぐらい減るし、トイレもめちゃくちゃ近い。ランニングもチームで最後尾を走るようになっていた。全然知識もないし、『糖尿病ってなんやねん』と思いました。もう野球は無理かなと…」

 背番号1をつけ前途洋々だった17歳にとって、あまりに酷な宣告だった。だが、主治医の言葉に勇気づけられた。「ガリクソンという糖尿病でも投げ続けた投手がいるから大丈夫だよ」。1988~89年には巨人に在籍し、2年間で21勝を挙げたビル・ガリクソンの著書「ナイスコントロール!」を手渡された。あこがれの存在と同じく、インスリン注射を打つ生活が始まった。

 血糖値のコントロールには今でも神経を使う。登板日にはアドレナリンが出るせいか、血糖値が上がり過ぎて、体が動かないこともある。逆に数値が下がり過ぎた時はカフェオレやコーラを飲んで数値を調整。「今でも数値が安定しないことはあるんで、試行錯誤しています」。病気とうまく付き合いながら、12年間のプロ生活を送ってきた。

 同じ病気を抱える人たちの励ましが、岩田の血となり肉となってきた。毎年、1型糖尿病患者の子供たちとクリスマスパーティーなどで触れ合い、甲子園には、闘病する子供たちとその家族を招待してきた。今季も676日ぶりに勝利を挙げた7月27日のDeNA戦(甲子園)には、10組20人の同志が駆けつけていた。

 「僕が勇気づけようと思って(活動を)やっているんですが、逆にパワーをもらうんです」。感謝をつづった寄せ書きや応援メッセージが描かれた横断幕は、今も自宅に飾ってある。

 昨季は1軍で未勝利に終わり、今季も3勝止まりだった。10月31日には34歳の誕生日を迎え、プロ生活の岐路に立たされていることは自覚している。「同学年の良太(新井)も引退したし、自分がそういう時期に差しかかっているのは分かっている。もう、必死に結果を残していくしかない」。自身の白星と寄付金が直結するだけに、このままでは終われないのだ。

 「40歳まで現役を続けたい気持ちはずっと変わらないんです。僕みたいに病気の人間でも『40歳までできるぞ!』と言える。そう言えるためにも、頑張っていきたいと思っています」。すでに来季に向け、体も動かし始めている。1型糖尿病患者の希望の星として、魂のこもった白球を投げ続ける。(表 洋介)

 ◆岩田 稔(いわた・みのる)1983年10月31日、熊本県生まれの大阪府育ち。34歳。大阪桐蔭高から関大を経て、05年ドラフト希望枠で阪神に入団。3年目の08年にプロ初勝利を挙げるなど10勝(10敗)をマーク。09年にはWBCに出場し、世界一を経験。プロ12年間で172試合に登板し、56勝72敗、防御率3.25。179センチ、94キロ。左投左打。

 ◆ゴールデンスピリット賞 日本のプロ野球球団に所属する人の中から、積極的に社会貢献活動を続けている人を表彰する。毎年1回選考委員会(委員名別掲)を開いて、球団推薦と選考委員推薦で選ばれた候補者から1人を選定する。欧米のスポーツ界では社会貢献活動が高く評価され、中でも米大リーグの「ロベルト・クレメンテ賞」が有名で、球界での最高の賞として大リーガーの憧れの的になっている。日本では試合での活躍を基準にした賞がほとんどで、球場外の功績を評価する表彰制度は初めて。いわば「球場外のMVP」。受賞者にはゴールデントロフィー(東京芸術大学名誉教授・絹谷幸二氏作成のブロンズ像)と阿部雄二賞(100万円)が贈られる。また受賞者が指定する団体、施設などに報知新聞社が200万円を寄贈する。

 ◆阿部雄二賞 2001年4月9日、本賞を第1回から協賛している株式会社サァラ麻布の代表取締役社長・阿部雄二氏が逝去。同氏の遺志として3000万円が報知新聞社に寄贈された。報知新聞社はその遺志を尊重し、長く後世に伝えるため「阿部雄二賞」を創設した。

 選考経過 

 ノミネートされた15人の活動内容は、近年の社会貢献活動に対する理解の広がりを示すように多種多彩。熊崎勝彦委員が「今までで一番難しい」と語ったように、選考は“激戦”となった。

 その中から、活動歴が10年目となる岩田と、同じく新生児医療への支援活動が10年目の前巨人・村田修一の「継続性」に対する評価が高く、両者が有力候補に。さらに広島赤十字・原爆病院への慰問活動が9年目を迎えた広島・東出輝裕コーチには、文書で選考委員会に参加した長嶋茂雄委員から「12球団で唯一、未受賞の広島から初の受賞者を」と推す声もあがった。

 最終的には5年連続ノミネートの岩田と7年連続の村田の2人が受賞候補として残った。長い活動歴に加え、自身も1型糖尿病患者である岩田、長男が低体重児として生まれたことをきっかけに新生児医療への支援活動を始めた村田と、両者とも自らの実体験をベースにしていることなど、甲乙つけがたい内容に、一部の委員からは「ダブル受賞でもいいのでは」との意見もあった。

 決め手となったのは活動の社会的な広がり。丸山伸一委員は岩田が寄付などにとどまらず「著書やメディアのインタビューなど、幅広い形で啓蒙(けいもう)活動に取り組んでいる」ことを評価。医療現場に携わる大塚義治委員は「1型糖尿病患者は偏見を持たれるケースも多く、そういう方に勇気を与えている」、三屋裕子委員は「乳がん検診の啓蒙活動にも取り組んでいるのは女性としてうれしい」と、新任の両委員も活動の幅広さや社会的意義を高く評価したことから岩田の受賞が決まった。

 他にも、受賞こそ逃したものの、ドミニカ共和国などへ用具提供を行っているDeNA・筒香嘉智には「海外向けの社会貢献活動は希有(けう)なケース。これからも頑張って続けてほしい」(佐山和夫委員)、東日本大震災や熊本地震など災害が起こるたびに、それぞれの被災地で支援活動に取り組むロッテ・井口資仁監督にも「活動の柔軟性というのもボランティアのあり方のひとつ」(三屋委員)と高い評価が寄せられた。

 ◆第19回ゴールデンスピリット賞選考委員

 大塚 義治 日本赤十字社副社長

 熊崎 勝彦 プロ野球コミッショナー

 佐山 和夫 ノンフィクション作家。米大リーグに造詣が深い。ゴールデンスピリット賞の提唱者の一人。

 長嶋 茂雄 読売巨人軍終身名誉監督。現役時代のチャリティー活動が評価され、1983年に日本のプロ野球人として初めてローマ法王ヨハネ・パウロ2世に謁見(えっけん)した。88年バチカン市国からバチカン有功十字勲章を受章。

 丸山 伸一 報知新聞社代表取締役社長

 三屋 裕子 日本バスケットボール協会会長。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会顧問。バレーボール女子日本代表としてロス五輪銅メダル。

(敬称略・50音順)

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