【日本ハム】ドラ7の東大・宮台に恩師・川村靖監督がエール「努力できる選手」

2017年11月14日8時0分  スポーツ報知
  • 日本ハムから7位指名を受け、マスコットを手に笑顔の宮台
  • 日本ハムにドラフト7位指名された宮台を育てた湘南高の川村監督

 先月26日のプロ野球ドラフト会議で、日本ハムに7位指名された東大・宮台康平投手(22)を神奈川・湘南高時代に指導したのが、川村靖監督(55)だった。自身1979年夏の甲子園に出場した経験をもつエースだった同監督は、東大史上6人目となる左腕の基礎を築いた恩師。最難関大学に毎年20人近くを輩出する神奈川屈指の公立の進学校からドラフト選手を育てた監督に、指導者としての信条を聞いた。

 ドラフト当日の10月26日。川村監督は、いてもたってもいられなかった。なかなか宮台の名前が出てこない。開始から2時間ほど過ぎて、ようやく日本ハムに7位指名されてホッと胸をなで下ろした。すぐに、宮台に祝福のメールを打った。

 川村「前日に顔見知りの記者から、阪神の外れ1位があるかも、なんて聞いていたので、もっと早く出てくるかなって思ったけど、なかなか出てこなくて。なんで、こんなドキドキしないといけないんだと思った(笑い)。日本ハムはちゃんと育ててくれるチームなので、いいところが指名してくれたと喜んでます」

 富士高3年夏にエースとして甲子園に出場。右の技巧派で横浜国立大では神奈川リーグで21勝をマークした。「8シーズン中2シーズンは、全イニングを投げた」ほどのタフネスだった。神奈川で高校の指導者になってからは、横浜、東海大相模など強豪がそろう中、打倒私立に挑戦。記念大会だった08年の藤沢西時代は、夏の県ベスト4に導いた。湘南高に赴任して2年目に、入学してきた宮台をひと目見て素材の高さを感じた。

 「そこそこになるぞって思った。運動センスはあるし、投げ方も良かった。ただ、左肩がルーズショルダーしやすかったので、高校で手術した。打撃も良かったので、1年秋からは投手兼野手として使った。オンとオフの切り替えが早く、とにかく、負けず嫌いで自分で努力できる選手だった。ただ、左のくせにけん制は、下手くそだったなあ」

 勉強にも手を抜かない宮台は東大に入学。投手としても一段と成長した。湘南高では必ず1年に1回、秋に在校生を連れて東京六大学リーグを観戦に行く。

 「うちは、甲子園出場も目標だけど、東京六大学で活躍できる選手を育てることもテーマにしている。選手に身近に感じてもらうために、毎年神宮に行っているのはそのため。東大から宮台がプロ入りしたことで、今の選手の励みになってくれたらいい」

アドバイス?まずは卒業を 日本ハムの鎌ケ谷にある2軍の寮長は、かつて、光明相模原高で監督をしていた指導者仲間だ。ちょっぴり気が早いが、教え子がお世話になるだけに、すでに、一報を入れてある。

 「宮台がお世話になりますって連絡した。知り合いがいるのは、心強い」

 これまで、教え子にBCリーグでのプロ選手はいたが、NPBでは初。川村監督がプロ入りを前に教え子にアドバイスを送った。

 「プロ経験のない僕から何も言うことはない。それより、東大中退なんて格好悪いから、まずは、日本ハムの一員になる前に、大学をしっかり卒業しろよってことぐらいですか」

 ◆川村 靖(かわむら・やすし)1962年3月17日、富士宮市生まれ。55歳。富士宮二中で野球を始めて富士高に進学。3年夏にエースして甲子園に出場した。横浜国立大では神奈川リーグで21勝をマークしながら野手としても活躍。神奈川県で教員免許を習得し、上矢部から藤沢西を経て湘南に赴任した。174センチ、73キロ。家族は夫人と3男1女。右投右打。

 ◆宮台 康平(みやだい・こうへい)1995年7月1日、神奈川県出身、22歳。湘南高から現役で東大文1に進学。通算6勝を挙げ、4年秋のリーグ戦では15年ぶりの勝ち点獲得に貢献。日本ハムに7位指名され、東大史上6人目のプロ野球選手となる。178センチ、83キロ。左投左打。

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