伝説の「10・8決戦」で巨人・松井に一発浴びて降板の元センバツV腕は今…

2017年5月20日18時54分  スポーツ報知
  • 中日時代の山田喜久夫投手

 20日に放送されたTBS系「バース・デイ」(土曜・後5時)では、1994年10月8日に行われた、勝った方がセ・リーグ優勝という中日・巨人の優勝決定試合「10・8決戦」に登板した2人元投手の「今」を追った。元中日投手の山田喜久夫氏(45)と野中徹博氏(51)が出演した。

 山田氏は愛知・東邦高のエースとして89年センバツで優勝、ドラフト5位で地元中日に入団した人気選手。10・8決戦では2番手投手として登板したが、当時入団2年目の20歳だった巨人・松井秀喜に、決め球のカーブをソロホームランにされ、わずか4球、1死も取れずに降板した。「降板した時は、どこに帰ろうかなと思いました。母親はスタンドで(周囲の観客に)謝っていたって聞いたのは辛かったですね」と振り返る。

 その後山田氏は広島へ移籍、故障などもあり目立った活躍を残せないまま28歳で現役引退した。引退から18年、「新しい職種に挑戦するのもいいかなと」、今は「わらびもち店」を営んでいる。野球とは無縁の生活だ。当時を振り返り、「もう一度松井と勝負するなら?」と問われた山田氏は「もう一回、俺はカーブで勝負すると思う」と当時を変わらない丸刈り頭で笑顔を見せていた。

 山田氏と対照的に、10・8で感動を呼んだのが野中氏だった。愛知・中京のエースとして3度甲子園に出場するなどしたが、ドラフト1位指名で入団した阪急(当時)では1勝も出来ずに戦力外に。その後、台湾リーグで15勝を挙げたことをきっかけに94年に中日に入団。この年は先発、中継ぎ、抑えとあらゆる場面でフル回転し、チームの優勝争いに貢献していた。

 10・8では3点を追う8回から登板。その年大活躍していた山本昌投手や郭源治投手がベンチにひかえる中、高木守道監督から試合を託された形だった。8回を三者凡退、9回も先頭の川相に三塁打を許しながら続く松井を空振り三振に打ち取るなど気迫の投球を見せ、強烈な印象を残した。

 その後はヤクルトに移籍し、日本一に貢献するなどして98年に引退。現在は都内で会社員としてスーツ姿で働く野中氏。同僚の中には94年に生まれた若者もおり、プロ野球選手だったことを知らない人も多いという。10・8を振り返り「ああいう場面で投げさせていただいて、財産ですよね」と話す表情はすがすがしく、目は輝いていた。伝説となっている10・8から得たもの、それについて野中氏は「なにくそ魂みたいなのですかね。いつも(自分への)励ましみたいなのが自分の中にあります」と笑顔で語っていた。

 この、長嶋茂雄監督率いる巨人がセ・リーグ制覇を決めた「10・8決戦」の視聴率は48・8%(ビデオリサーチ調べ)。プロ野球中継では歴代最高で、今もその記録は破られていない。

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