【のびやかに・浜木綿子】(11)市川猿翁との出会いはミュージカル共演

2017年6月20日15時0分  スポーツ報知
  • 1961年、古関裕而さんの指導で市川団子(現猿翁)と歌のレッスンをする浜木綿子

 1965年に結婚することになる歌舞伎俳優・市川猿翁さん(77、当時市川団子)と出会ったのは61年9月。「香港」(菊田一夫演出)という和製ミュージカルでした。私は宝塚の大先輩、男役スターだった越路吹雪さん(80年死去、享年56)と共演できるうれしさで、心踊らせていました。

 「今度の相手役は、この人だよ」。菊田先生に猿翁さんを紹介されました。私より4歳若く、当時、慶大国文科4年。詰め襟の学生服姿でまじめそうな印象を受けました。この作品には猿翁さんの父、3代目市川段四郎さん(63年死去、享年55)も出演されていました。

 歌舞伎界の期待の若手であることも菊田先生から教わりましたが、自分の専門でないので疎く、存じ上げませんでした。その舞台は、商社勤務の男女(越路、団子)が香港赴任となり、それぞれが思わぬ出来事に遭遇する中で展開していくオリジナル。日本に、まだミュージカルが根付いてなかったころに上演された冒険作でした。

 私は、猿翁さん演じる商社マンの、香港在住のいとこという役どころ。互いに引かれ合い、思いを通わせる設定で、難しいデュエットもありました。でもミュージカルは初めてのご様子。歌にずいぶん悪戦苦闘されていました。菊田先生に「団子さんは大丈夫でしょうか?」と失礼なことを聞いてしまったほどです。

 音楽を担当されていた古関裕而さんの熱心な指導を受けながら、一緒にレッスンに励んだこともありました。宝塚の経験から、歌が突然うまくなることは、よほどでない限りありません。しかし、驚きました。猿翁さんは、わずか1か月足らずのけいこで、見違えるほどの歌唱力を身に付けていたのです。

 幼いころから邦楽で鍛えられた音感もあるでしょう。けた外れの集中力と、なりふり構わない真剣さ。その懸命な姿に胸打たれ「こんなに努力する人間もいるのだ」と感心しながら、約1か月間の公演を終えました。

 無事に千秋楽を迎えると、猿翁さんから「見に来てほしい」と10月の歌舞伎座のチケットをいただきました。「仮名手本忠臣蔵」にお出になるとのこと。私はあまり深く考えることもなく、軽い気持ちで入場券を受け取りました。

 いま思うと、不思議な縁です。私の父は邦楽、洋楽問わず、いろんな楽器ができる人でした。特に三味線が得意で、師匠が4代目杵屋佐吉さん。猿翁十種にも入っている有名な舞踊劇「黒塚」を作曲した方です。父は、歌舞伎座で三味線を弾いたこともありました。

 そんな縁も感じながら劇場へ。でも正直に申しますと、私は粋で風雅で色気のある人が好み。父のような男性に憧れていました。猿翁さんはどちらかというとタイプではなく、さほど意識もせず、時は過ぎていたのです。(構成 編集委員・内野 小百美)

 ◆市川 猿翁(いちかわ・えんおう)1939年12月9日、東京都生まれ。77歳。3代目市川段四郎の長男。47年3代目市川団子の名で初舞台。63年3代目市川猿之助を襲名。スーパー歌舞伎をヒットさせ注目される。2012年2代目市川猿翁の襲名時には、市川猿之助、市川中車(香川照之)、孫の市川団子と舞台に立った。浜とは65年結婚、68年離婚。その後長年同居した藤間紫さんとは00年婚姻届を提出した。

浜木綿子“波乱”芸道65年
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