三遊亭円楽が落語芸術協会入り、悲願寄席出演へ決断…歌丸会長に恩返し

2017年6月23日4時0分  スポーツ報知
  • 桂歌丸(左)と三遊亭円楽(2016年撮影)

 5代目円楽一門会に所属する落語家・三遊亭円楽(67)が、落語芸術協会(桂歌丸会長)に加入することが22日、分かった。単身での加入を申し入れ、落語芸術協会は役員会を開き客員としての加入を承認した。27日の同協会の総会で正式発表される。5代目円楽一門会にも引き続き所属する。過去には一門全体での合流を申し出たが拒否されていた。落語家のホームグラウンドでもある寄席への出演という悲願をかなえた円楽は、落語界活性化のために、単身で乗り込む。

 円楽の看板が寄席に帰ってくる。円楽の申し入れを受け、落語芸術協会は役員会で検討し、客員という立場での加入を了承した。桂歌丸会長(80)はスポーツ報知の取材に「私は入院していて役員会に出席できませんでしたが、反対もなくOKになったと聞いています」と答えた。新宿末広亭など席亭(寄席の経営者)の推薦もあったという。

 寄席(定席)は落語協会と落語芸術協会しか興行が打てず、円楽所属の5代目円楽一門の落語家は出演できない。最近はトリの落語家と席亭の意向で“のせもの”として協会員ではない演者の特別出演も認められているが、年にわずか数日と狭き門だ。

 2010年に行われた6代目円楽の襲名披露は、歌丸会長の尽力もあり、落語芸術協会の興行として寄席での公演が実現し大成功となった。その後、円楽一門会は全体での落語芸術協会への合流を申し入れた。人数の問題や寄席で修業していない落語家が加入することに異論を唱える声もあり、歌丸会長は賛成したものの、役員会で否決された経緯がある。

 大師匠・三遊亭円生、師匠の5代目円楽とともに落語協会を離脱した1978年まで、円楽は楽太郎を名乗り、二ツ目として寄席で修業をした“寄席育ち”。今回の申し入れには反対の声はなかったという。円楽の願いを受け入れた歌丸は「活性化にもなるし、協会のためにもなる。円楽さんには『忙しいけれど寄席に出てください』と言いました。期待しています」とエールを送った。

 円楽は5代目円楽一門会で幹事長を務めており、一門会での活動も、並行して継続する予定だ。落語芸術協会への加入も単独で、弟子は連れて行かない。今回の決断に、円楽は「将来、落語界は一つになればいいと思っている。(寄席に)育ててもらった恩返しをしたい」と話している。

 客員とはいえ、円楽が加わることで、寄席が盛り上がるのは確実。落語ブームと言われる中、さらなる発展のために、円楽と落語芸術協会が大きな決断をした。

 ◆三遊亭 円楽(さんゆうてい・えんらく)本名・会泰通(あい・やすみち)。1950年2月8日、東京・両国生まれ。67歳。5代目円楽からスカウトされ、70年4月に入門し「楽太郎」。76年に二ツ目昇進。77年から日テレ系「笑点」の大喜利メンバーとなる。81年、真打ちに昇進。2010年3月、6代目円楽を襲名。

 ◆5代目円楽一門会、現在はホールで

 東京には現在、上野・鈴本演芸場(285席)、新宿末広亭(389席)、浅草演芸ホール(340席)、池袋演芸場(92席)の4つの寄席があり、鈴本は落語協会(柳亭市馬会長)が常時興行を行い、残る3寄席は落語協会と落語芸術協会が10日間ずつ交互に興行を行っている。

 両協会の他には落語協会から離脱した5代目円楽一門会と落語立川流の2派があるが、離脱の経緯もあり寄席には出演できない。円楽一門会の前身「落語三遊協会」は1978年に設立の際、席亭から寄席での興行を断られた。2派の興行は小ホールなどで行われている。

 ◆5代目円楽一門会は静観

 5代目円楽一門会の三遊亭好楽会長(70)は弟弟子の円楽の落語芸術協会加入に静観の構えだ。「ダメだと言うこともないし、(一門から)閉め出すこともない」と話した。円楽は一門会では幹事長を務めており、“二股”でも活動には変化がないとしている。好楽は「スタンスは変わらない。(円楽一門会の)両国寄席には両協会の人にも出演してもらっているし、個人レベルの交流は昔からある」。自宅に建てた「池之端しのぶ亭」で、他派との交流を積極的に行っていく。

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