【劇評・歌舞伎】二月大歌舞伎・昼の部「暫(しばらく)」(東京・歌舞伎座)

2018年2月15日11時47分  スポーツ報知
  • 「暫」で圧巻の存在感を披露した市川海老蔵 C松竹(歌舞伎座で)

 「劇評・歌舞伎」と大上段に構えてみたが、正直に自己申告すると、私は歌舞伎の素人である。昨年、サブ担当を拝命したものの、生涯通算で10公演ほどしか見たことがない。

 ただ、わずか10公演ではあるけれど、強く惹かれる世界だと既に実感している。同じく日本の伝統文化である将棋を担当している影響なのか、ただ単純に日本人の血によるものなのかは不明だが、ああ、この世界をちゃんと見つめてみたい、と願う対象になっている。

 新米の歌舞伎担当記者が書き手として出来ることは、たったひとつしかない。自分と同じように、歌舞伎の世界に触れたことのない人、興味はあるけれど一歩を踏み出せないような人に向けて「コレ、面白かったですよ! 初心者でも楽しめましたよ!」と発信することである。

 そのような作品はないだろうか…と思いながら観劇してきて、ついに「やっと会えたね」と思えたのが本演目である。

 「二月大歌舞伎」は今月1日が初日で、25日に千秋楽を迎える公演。松本幸四郎改め2代目松本白鸚、市川染五郎改め10代目松本幸四郎、松本金太郎改め8代目市川染五郎の高麗屋3代の2か月目の襲名披露公演だ。

 午前11時から午後8時55分までの昼・夜の部で上演される7つの演目は当然、高麗屋三代を中心に組み立てられており、襲名披露の口上も披露されるのだが、初心者として最も印象に残ったのは、市川海老蔵が主役を務める昼の部の演目「暫」だった。

 とにかく分かりやすい。そして、とにかく面白い。歌舞伎デビューを果たすには最適の作品であるように思えた。

 あらすじは単純にして明快。乱暴に省略してしまうと、多数の家来を従えた大物悪党が、自らの意に背く男に言いがかりを付けて(その男の父親に恨みを持ち、その男の恋人にホレているという、いかにもな背景がある)首をはねようとしたところ、海老蔵演じる正義のヒーローが勇ましく現れ、刀を手にして…という勧善懲悪の物語で、歌舞伎の世界では「荒事(あらごと)」と言う(らしい)。

 江戸時代に活躍した7代目市川團十郎が選定した「歌舞伎十八番」のひとつ。「暫」という題名は、まさに男の首がはねられようとした瞬間、主人公が遠くから「し~ば~ら~く~!」と響かせる声に由来している。

 実は、今まで観た歌舞伎の10公演のうち、ほとんどは海老蔵が出演していたもので、観劇する度に、なんという役者なのだろうという思いを抱いてきた。

 凛として、勇壮で、ダイナミックなセリフ回しや所作は、歌舞伎の素人の私でも他の役者とは一線を画す存在であることが分かる。また、必ずコミカルな要素を入れ、おかしみのあるアドリブで笑わせることも魅力だ。

 歌舞伎という芸術は、ある種の様式美という側面があるため様々な意味での制約は付きまとうはずだが、舞台上の海老蔵はとても自由に映る。普段、映画やドラマといった映像作品で見る俳優の中には比較対象を挙げられないような何かがある。

 「暫」では、登場の場面から圧巻だ。どこからともなく「し~ば~ら~く~!」の声を響かせたかと思えば、花道を大魔神のような足取りで現れ、一瞬にして場内の空気を一変させる。約2000席のキャパシティーがある歌舞伎座の全体を完全に支配し、掌握し、制圧するような存在感だ。足元に施した細工や衣装のせいもあるだろうが、公称176センチの海老蔵の身長は冗談抜きで2メートルくらいに見える。

 思い出したのは栄光の背番号3だった。野球担当の頃、誰よりも大きく感じたのは2メートルを超える長身の外国人投手ではなく、現場を訪れる長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督だった。身長180センチ弱のはずのミスターだが、大袈裟にではなく、いつも2メートルくらいの大きさに感じられた。姿勢の良さもあるだろうが、真のスターというものは異様に大きく見えるものなのだ。

 「ツラネ」と呼ばれる冒頭の長ゼリフは、どこまでが台本通りで、どこからがアドリブなのか分からないエンターテインメント性にあふれている。「高麗屋3代ご襲名! 白鸚のおじさん、おめでとうござりまする~」と大先輩の襲名を祝う言葉を織り込んだり、悪党に対しては「頭から塩をかけてかじってしまうぞ~」「グズグズするとニラみ殺すぞ~」というセリフなどもあり、思わず笑ってしまう。

 見得を切る姿は言うまでもないが、刀を抜くシーンの美しさには「太刀打ちできない」という言葉の語源を思う。去り際の花道で声で奏でるリズムには音楽を感じる。海老蔵とは、スーパースターでありながらトリックスターでもある役者なのだと心底思えた。

 演目が終わり、幕間になると、席を立つおばさま方から「やっぱり海老さまは…」「さすが海老さまの…」という声がいくつも聞こえた。

 成田屋にとって特別な演目を、あえて高麗屋3代の襲名披露公演で演じたのは、海老蔵が3人に寄せる敬意の意思表示なのかもしれないと勝手ながら思った。

 昼の部ということもあり、これからでも「暫」を観劇することは可能のようだ。「一度でいいから歌舞伎を観てみたい」という方に推したい。あの、どこからともなく聞こえてくる海老蔵の声は、しばらくの間、私の頭を離れてくれそうにない。(歌舞伎サブ担当・北野 新太)

  • 楽天SocialNewsに投稿!
芸能
今日のスポーツ報知(東京版)