宮沢りえの本当の素顔…働き続け磨かれた言葉選びの鋭敏な感性

スポーツ報知
女優としてもさらなる活躍が期待される宮沢りえ

 V6の森田剛(39)と女優の宮沢りえ(44)が16日に結婚したと同日、連名のファクスで発表した。2016年8月の舞台「ビニールの城」で初共演して意気投合し、交際期間1年半でゴールイン。関係者によると、代理人がこの日午前、都内の区役所に婚姻届を提出した。挙式、披露宴は未定。宮沢は09年4月に実業家男性と結婚し、女児を出産したが、16年3月に離婚が成立。妊娠はしておらず、今後も仕事を続けていく。

 記者会見などでは、ちょっと分かりにくいが、一対一で話していると、りえの志向性の強さに驚かされる。特に言葉を選ぶときの鋭敏な感性。学校の勉強を通してではなく、11歳にデビューして働き続ける人生を送る中、実体験を通して得てきた。それは同時に、演技にもいえることだ。

 2016年「湯を沸かすほどの熱い愛」で報知映画賞主演女優を受賞したとき。娘を持つ末期がんの主人公を演じるオファーがきた。同じくがんで実母を亡くして間もなく。失意は完全に癒えていなかった。

 「でもこれも運命じゃないかと思ったんですよね」。撮影中、幾度も母の姿が思い出されたという。どんなときも矢面に立ってくれた母が、本当に運命のように、この役を後押ししたのかもしれない。受賞の喜びを「役で削り取られた血肉を戻した感覚」という言葉で表現した。

 危篤状態の、生死をさまようシーンに向き合うため、5日間で別人のように本当にやせこけ、撮影現場を驚かせた。たぐいまれな女優であることに違いない。「たそがれ清兵衛」(02年、山田洋次監督)、「紙の月」(14年、吉田大八監督)でも報知での主演女優に始まり、他の賞を総なめにしていった。

 ここまで実績があれば、ある種の“手あか”のように染みついた芝居のテクニックが見え隠れするもの。演技巧者と言われる役者ほど、小手先の芝居がのぞくものだが、りえに、それはあてはまらない。リアリズムの演技に徹し、役ごとに完全に単体で存在する。再考したとき、先の“役で削り取られた血肉”という言葉で納得させられる。役を自分に落とし込む過程で、理詰めや変に頭を使うことの危うさを本能的に知っている。

 末期がんの母を演じ切り、評価され始めて「私が演技に専念できるよう守ってくれた人」と母への感謝も口にした。そして「これほど気持ちに鮮度を保ちながら、ずっと仕事ができるのは奇跡に近い」とも答えた。冷静な口調だった。「鮮度」という言葉。どれだけ感性を研ぎ澄ませて役に対峙(たいじ)し続けてきたかをうかがわせた。

 自然と娘の話にもなった。可能な限り、自分の仕事、親が働く姿を見せるようにしてきた。役とはいえ、生死をさまよう壮絶な姿がスクリーンに映し出された。

 「この作品を見て、娘は泣いていました。私のしている仕事が、決して簡単ではないことを理解しようとしている。『マミーが頑張っているから、私も頑張る』と言ってくれることもあります」。つい、デビュー初期の数々の鮮烈さを思い起こす人はいまも少なくないはずだ。しかしいま、しっかりした母になっている。09年5月生まれの娘は、4月で9歳、小3になる。今回の結婚を、最愛の子どもとも十分に話し合ったのだろう。

 肝っ玉の据わった女性と言うべきか。マスコミを、どんな風にみてきたのかを別れ際に聞いた。追いかけ回され、疎ましく、憎く思える時もあっただろう。

 「スポーツ紙それぞれに特徴があると思う。“因果な商売”はお互い様ではないですか。正直、その人たち(芸能記者)の行動を認め切れない部分はありますよ」としながら、「でも私は10代のときから(マスコミが)競争し合っていることも理解してきたつもりなので。自分の心に正直に生きていれば、こわいものは何もない、という考え。それに変わりはありません」。どこまでも“自分の心に正直に”のひとつの答が、新しい人生の出発ということなのだろう。(記者コラム)

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