片岡仁左衛門、「役との別れ」と「殺しの美学」語る

スポーツ報知
演じることについて語る片岡仁左衛門

 片岡仁左衛門(74)が、東京・歌舞伎座「四月大歌舞伎」(26日まで)で4代目鶴屋南北作の通し狂言「絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」に出演中だ。惜しむ声もある中、一世一代と銘打たれ、今回で見納め。次々に人を殺すタイプの異なる二つの悪人を一人二役で演じ分けている。仁左衛門が92年から演じてきた「役との別れ」や「殺しの美学」について語るとともに、今月共演している長男・片岡孝太郎(50)に父親の素顔を聞いた。(構成・内野 小百美)

 うり二つの2人。子どもの命も平気で奪う冷酷無比な「左枝大学之助」と、身軽で強欲な「立場の太平次」。さまざまな目的を理由に次々に人を殺していく。仁左衛門は「菅原伝授手習鑑」の菅丞相(かんしょうじょう)のような高潔な人物も評価され、極悪非道な敵役でも多くの当たり役を持つ。観客の多くは、二枚目だが性根が悪人の役を指す「色悪」に酔いにきている。

 「善人より、いろんな悪役の方が楽しいし、おもしろい。出ずっぱりで体力もいる。大阪松竹座(15年)が最後と思っていた。今回『どうしても』と。『じゃあ、これっきりやらないよ』と言ったので、松竹が『一世一代』と付けたのであって。私が言い出したわけではないのね」

 平成以降、この役を演じているのは仁左衛門ただ一人。寂しさや未練はないのだろうか。

 「あります。まだまだ伸びしろが残っている役だと思うから。役者は、年を重ねれば重ねるほど良くなっていく。一方で体力的な衰えは避けられない。その兼ね合いが難しい。何度も演じるといっても、お客さんには一度きりの舞台。恥ずかしくないものを25日間連続してお見せすることを考え、最後と決めたのです」

 仁左衛門といえば前名、孝夫時代の20歳から演じ、当たり役にしてきた近松門左衛門作「女殺油地獄」での与兵衛が有名。油まみれになっての殺しの名場面は特に知られているが、09年6月(歌舞伎座)で見納めに。後日、シネマ歌舞伎の舞台あいさつなどで「一世一代は寂しいけれどホッとする部分もある」と“役の全う”について触れたことがある。

 俳優は決まって「どんな役づくりを?」と聞かれる。仁左衛門の考えは、違う。「役はつくるものじゃないのね。過去にやった役を引き出すようなこともしない。演じる役をしっかりつかまえ、役の気持ちにさえなれば、自然と出てくるもの」。鏡を見て化粧する間に「スーッと」役になっているのだという。

 セリフをそらんじている役でも台本は隅々まで読み返す。「役によって(台本を)ギリギリまで開きたくない時も。不思議なもので毎回“いま”という瞬間がある。そのタイミング以外だと頭に入ってこない」といい、「でも役が完全に自分の手に入った、と思ったらダメ。(成長が)止まってしまうから」

 「演じている時に理論づけは一切したくない」と研ぎ澄ました感覚を大事にする。純和風なのにギリシャ彫刻が動くような美しさ。「殺しの美学」と言われるゆえんでもある。まだビデオが高価だった何十年も昔から自分の演技を撮って“研究”する中で養われた客観的な目も、仁左衛門を大きくしてきた。

 今回、幕切れや花道を引っ込む際、まさに観客は固唾(かたず)をのんで見入っている。何人の人が葬られるのか最初は「正」の字で数えていたが、芝居に没頭しつけ忘れ。正しくは計10人とのこと。

 「残酷なことは嫌いだけど、人には誰しもそれを垣間見たい気持ちがある。女形が苦しんでエビ反りの時に拍手が起きるのもそう。ボクシングにしてもみんな一番見たいのはKO。でもあれはリング上だから許される。路上なら見ていられないでしょ?」

 さてこの二役を次に演じるのは誰で、いつになるのか。仁左衛門の願いはこうだ。「鶴屋南北の古典であることをふまえてほしい。口はばったいけれど、この両方の役は自分で練り上げてきたつもり。それだけに自由にやってほしいと思っています」

 ◆片岡 仁左衛門(かたおか・にざえもん)1944年3月14日、大阪市生まれ。74歳。13代目片岡仁左衛門の三男。49年大阪・中座「夏祭浪花鑑」の市松で本名の片岡孝夫を名乗り初舞台。98年歌舞伎座「吉田屋」の伊左衛門、「助六曲輪初花桜」の助六などで15代目仁左衛門を襲名。2015年人間国宝に認定。16年「菅原伝授手習鑑」での演技が評価され、読売演劇大賞・最優秀男優賞。片岡我當、片岡秀太郎は兄。屋号は松嶋屋。

 孝太郎は今作で女形の「お亀」を演じている。「父の節目に参加できてありがたい」。さまざまな「殺しの美学」を、至近距離から見てきた。

 「ふだんの父は垂れ目で優しい顔。それが役になると美しくてゾッとするくらいのすごみが。本当に人を殺したことがあるんじゃないか、と思うくらいこわいです」

 若い役者に教える時も完璧主義にも近い厳しさを見せる。「とことんできるまで付き合う。孫(片岡千之助=18)にも細かく厳しい。おじいちゃんの意識がないのでは」

 公演中の仁左衛門は、うなぎなど楽屋で食べる物も決め、いくつものルーチンがある。「そうすることで疲れなど体調の異変が分かるようです」。飽くなき役への探求。「一世一代だろうと父の『明日こうしよう。やっぱりもう一度、戻そう。こうしたらどうかな…』はずっと続くと思います」

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