チョコボール向井さん、もう一度立つ!脳卒中から驚異的な復活への道のり

2018年5月15日16時0分  スポーツ報知
  • 脳卒中の死のふちから生還した元セクシー男優のチョコボール向井さん。現在は都内でスナックを営む(東京・幡ケ谷で=カメラ・泉 貫太)
  • 店前で現役時代のポーズ

 セクシー男優として90年代、加藤鷹さん(59)と2トップを張った元プロレスラーのチョコボール向井さん(51)が脳卒中に倒れ、一時は死のふちをさまよいながら、持ち前の生命力と懸命のリハビリでわずか4か月後に完全復活を遂げていた。昨年12月、東京・幡ケ谷にスナック「チョコボール ファミリー」をオープンし、再出発。驚異的な回復への道のりを振り返った。

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 カウンターに立つ姿から、大病した様子は全くうかがえない。まだ手足に多少のまひは残るというものの、口調も滑らか。発見、処置が早かったのが不幸中の幸いだった。

 「自分は本当に治り方がよかったんです。明らかに、という後遺症が出なくて。ひどい出血でしたが、倒れて15分ぐらいで運ばれたからよかった」

 チョコさんが倒れたのは昨年6月23日。2007年から営んでいた新宿2丁目の店で突然、顔の左半分がたるみ始めた。次第に左腕、左脚にも力が入らなくなり床に崩れ落ちる。右脳の血管が破裂していた。従業員が呼んだ救急車で緊急搬送。言葉は出せないものの、はっきり意識はあった。しかし、入院して数日後、敗血症になり危篤状態に。入った集中治療室で三途(さんず)の川を見た。

 「足を踏み入れたら生温かかった。でも、先に見える人が『来るな、来るな』と言ってね」

 意識を取り戻したのは約1週間後。高血圧に加え、飲み過ぎもたたったと振り返る。

 「血圧は普段から(上が)180以上ありました。たまに160ぐらいになると『きょうは低いな』と。それでも十分高いんですが(笑い)。予兆と言えば、たまに鼻血が出ていたこと。血管が切れやすくなっていたんでしょうね」

 8月から巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(82)も通う施設で左半身のリハビリを開始。車椅子から立ち上がっては座る動きを繰り返し、1か月後にはつえをついて歩けるまでになった。そして10月下旬、救急搬送からわずか4か月で“社会復帰”。病院スタッフを驚かせる回復ぶりだった。

 「退院の早さは、その病院でも上から何番かに入るでしょうね。体を動かせないことが悔しかったので、人の何倍もやりました。ひたすら廊下を歩いたり、作られたメニュー以外も自主トレでやった。本当はいけないんですが、腕立て伏せとか腹筋運動、スクワット…。『消灯時間なので寝て下さい』と言われるまでね」

 「24時間がリハビリ」と自分に言い聞かせた。

 「夜中に起きてトイレに行くのも、つえをつかずに手すりをつたって歩く。洗濯もトレーニングと思ってコインランドリーで全部自分でやりました。病気に負けたくなかった。執念です。ここまで治ったのは」

 中学時代に極真空手を始め、プロレスラーに憧れた。高校卒業後に門を叩くも故障などあって断念。しかし、その後始めたセクシー男優での活躍ぶりが目に留まり、FMWや新日本プロレスのリングで夢がかなった。壮絶なリハビリをこなせたのは、先輩の姿が脳裏に焼き付いていたから。16年にくも膜下出血で死去したハヤブサさん(享年47)は尊敬するレスラーの1人だった。

  • プロレスラーとしても活躍した写真は店内にも飾られている

    プロレスラーとしても活躍した写真は店内にも飾られている

 「縦横無尽にリングを飛び回っていた日本トップクラスのマスクマンが(01年に)リングで頸椎(けいつい)をやって、首から下が不随になった。車椅子から立つのは絶対に無理だと言われていたのが、立てるようになりましたからね。奇跡の人です。それを見ていたから、絶対に諦めちゃいけない、と。いつもハヤブサさんのことを思いながらやっていました」

 リハビリは精神力との闘い。

 「若いうちは回復力もあるし体も動く。まだ私はよかったですが、年齢がいった人には本当につらいでしょうね。リハビリって、やってることはスポーツなんです。やりたくないから着替えに何分も使ったり、トイレに行って何分も帰ってこなかったり…。理学療法士の先生から最初に言われたのは『乗り越えられない試練は与えられない』という言葉。一番大事なのは諦めないこと」

 男優時代、最盛期の年収は2000万円を超えた。入院中、同じく売れっ子だった盟友・加藤鷹からの粋なエールに元気づけられた。

 「どこかで聞きつけて、来てくれたんです。帰り際に『使ってくれよ』とぱっと封筒を。5万円入ってました。鷹さんや私、トップクラスの男優の1日分のギャラが5万円なんです。その気遣いがうれしかった」

 5000本の作品に出演。苦労もあった。

 「男優っていうのは、つらいんですよ。相手を知らずに現場へ行くんです。“本番”かどうかも分からない。行ってから分かる。“3分の1は“本番”じゃなかったですけど、そっちの方が楽。それはそれで演技力がいりますが。鷹さんでさえ、たまにあった“勃ち待ち”が、一切なかったのが私の自慢です」

 向井さんと言えば“駅弁”。

 「これは村西とおる監督が元祖で、普及させたのが私。村西さんは『駅弁売りの旦那と奥さんを見て開発した』と言ってたけどウソですね。恐らく前からあった体位。ネーミングがよかった。実用性は全くない。重いだけです。抱えてする必要はないですから。消防の人に聞いたら、あれはケガしないように人を運ぶには一番理にかなった、いい方法なんだそうですよ。入院中はそれどころじゃなかったですが、最近になって少しずつ性欲が戻ってきた(笑い)」

 今後、自らの体験を伝える啓発活動に関わりたいと考えている。

 「脳の病気は誰にでも可能性があります。防ぐには血圧を下げること。体重をあまり増やさないようにして減塩生活を。通常1食に少なくとも3グラムの塩分が使われていますが、私は1日で6~7グラム。1食2グラムの計算です。ほとんど味がない(苦笑)。おかげで今の血圧は115~120ぐらい。ラーメンなんか1杯で6~7グラム。自殺行為です。そういうことを講演などで発信したいですね。皆さん、血圧は計った方がいいですよ、と。チョコボールは“駅弁”ができるまでに復活しました、と(笑い)」

 現役時代は170センチ、85キロの体形を維持。闘病中69キロまで落ちた体重は現在75キロまで増え、週5日のジム通いによって、かつてのマッチョな肉体を取り戻しつつある。目標がある。

 「“普通”がこんなにうれしいことだとは思わなかった。今は少しでも健康になれることが楽しい。まだ不自由ですよ。歩けるけど走れない。だけど絶対に乗り越えてやろうと思っています。絶対に負けない。セクシー男優は、もう自分の出る幕じゃないのでやりません。もう一度、大好きなプロレスのリングに立ちたい。と、いうか立ちます。脳の病気の後遺症で悩んでいる人の励みになりたいと思いますね」

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  • カウンターに自ら立ち、笑顔を見せる

    カウンターに自ら立ち、笑顔を見せる

 ◆チョコボール向井(チョコボールむかい)本名・向山 裕(むかいやま・ゆたか)。1966年12月15日生まれ、51歳。群馬県渋川市出身。新日本プロレスの練習生などを経て、90年から08年まで男優。約5000本の作品に出演した。FMWなどの団体でプロレス活動も。現在は東京・幡ケ谷でスナック「チョコボール ファミリー」(東京都渋谷区幡ケ谷2の8の5近藤ビル地下1階、TEL03・6383・3837)を営む。6月24日にはドリンク全品500円の「復活感謝祭」を開催予定。

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