【平尾昌晃・生涯青春】(6)「ロカビリー3人男」はマスコミ発

2017年2月14日14時0分  スポーツ報知
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 「ウエスタンカーニバル」は、数年前から人気のあるバンドを集めて有楽町のヴィデオ・ホールで行われていた。キャパが400人のホールは常に満員で、渡邊美佐さんは「そこにロカビリー歌手を集結させれば、もっと当たる」と4000人収容の日劇に企画を持ち込んだ。劇場側は乗り気ではなかったが、かといって出し物もない。興行が当たらないとされている2月ということもありGOサインが出たのだ。

 ミッキー・カーチスは池袋、新宿は山下敬二郎で私は銀座。ファンの間では3人は有名だったが、僕は2人の名前は知っていても人となりまでは…。せいぜい敬ちゃんが柳家金語楼さんの息子というくらいの知識だ。日劇で顔を合わせたのは前日のリハ。みんなジャズ喫茶に出演していて忙しかったから、店がそれぞれ終わった後に集合した。3人とも、初対面とは思えず「元気?」って感じだった。それよりも広い会場を見て「ここで本当に歌うの」と不安になった。200人も入らないジャズ喫茶と比べると客席が壁のようで、2階席もキャバレーと規模が違うし高さも比べものにならない。「大丈夫か」と3人で顔を見合わせた。午後11時ぐらいに集まって音出しは午前2時頃。どれだけ力量があるのか分からなかったがリハで聴いたら2人ともいい声だった。朝までリハをこなして楽屋で寝て本番を迎えた。

 昭和33年2月8日、幕が上がる直前―。客の入りが心配になっていた時、マネジャーの手招きで会場を見た敬ちゃんは「人の入りが尋常じゃない。俺たちあのステージに立つのか?」とちょっと青ざめていて、チラ見した私も満席の館内に圧倒され緊張が襲った。心強かったのは日劇ダンシングチームが手伝ってくれたことだ。舞台演出の山本紫朗先生が「バンドと歌い手だけじゃ味気ない。ダンスがないとね」と気を利かしてくれていたのだ。オープニングで初めて生のラインダンスを見て緊張もほぐれた。

 お客さんも最初は緊張気味だったのか、じっと席に座ってステージ前に出て来ることもなかった。曲がウエスタンからロック調になると、行儀良く聴いていたファンがステージにワッと押しかけ、一気に熱を帯びてきた。深夜リハの時、3人がそろう場面で山本先生が「君たちは『白波3人男』だ。“知らざあ言って聞かせやしょう”“隅から隅までずずずいっと”これをやるんだよ」と言われ本番でもやったのだ。このイベントを機にマスコミの人たちから「ロカビリー3人男」と呼ばれるようになった。白波3人男じゃなくてよかった(笑い)。(構成 特別編集委員・国分 敦)

 渡邊美佐・渡辺プロダクショングループ代表「平尾さんに初めてお会いしたのは『テネシー』でウエスタンからロカビリーに変わるはざまの頃でしょうか。当時からミッキー・カーチス、山下敬二郎、平尾さんの3人はそれぞれスター性があって抜けた存在。すでにファンのみんなを引き連れていました。魅力的な若い歌手をどうすれば世間に発信できるかの答えが、日劇ウエスタンカーニバルの開催でした。もちろん3人を起用したのは目玉になると思ったからです。予想通り3人はすぐに“ロカビリー3人男”と呼ばれスターになっていきました」

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