【平尾昌晃・生涯青春】(24)75年に開始チャリティゴルフ

2017年3月10日14時0分  スポーツ報知
  • 平尾昌晃

 チャリティー活動を始めたのは、信州の闘病生活(昭和44年)がきっかけだ。ベッドにいて、みんなが支えてくれたから元気になって帰ってこられたし「東京に戻ったら何かをやろう」とずっと心に決めていた。退院して2年後に体調も回復。病気でハンデのある人のために歌を届けたいと、ギターを持って全国を回った。まだチャリティーが世の中に浸透していなかった時代だ。

 当時、暴力団が公会堂や市民会館を借りて資金集めに利用されていたこともあり、警察からは「チャリティーといいながらも組織の金を集めるんだろう」。最初は訝(いぶか)しいと思われていて、参加した人たちから「平尾さんはノーギャラで歌ってあげているよ」と言ってもらったこともある。会場を借りる時には僕自身が地元の警察署に足を運んで「あれこれ、こうこう」と説明するのが当たり前の時代だったのだ。

 ギターを持って訪問できる場所は限られている。そこで浮かんだのがゴルフ大会だ。「元気のいい人が、元気のない人のために役に立つことをしよう」と1975年から「平尾昌晃 チャリティゴルフ」をスタートさせた。当初は参加してくれた歌手やプロゴルファーに「悪いけど会費制でいいですか」と言うと多くの有名人が賛同してくれ、喜んで来てくれるようになった。中でもジャンボ(尾崎)は積極的に協力してくれた。プロ野球出身の彼がゴルフに転向し、それまで地味だった競技が一気に華やかになったと思う。彼が参加することで大会の知名度も上がった。習志野カントリーでサントリー・オープンが開催されていた当時、プロアマ戦の帰りにジャンボの自宅にみんなで行き、バーベキューをしたり、歌を歌ったりが毎年の恒例行事になっていた。歌好きな彼のためにLP「君は今」(75年)のプロデュースもした。

 「チャリティゴルフ大会」は歌手や俳優さん、プロゴルファーの協力もあり、徐々に参加者も増えてアマでも「応援したい」と寄付してプレーする人も多くなっていった。スポンサーには第一興商、文化シヤッター、たかの友梨、三菱自動車、三菱石油、ペイントハウス…。多くの企業にお世話になり、これまでの大会38回で寄付トータルは3億円ぐらいになった。こうした活動が今の認定NPO法人「ラブ&ハーモニー基金」につながっている。2002年のNPO法人の登録を経て11年に国税庁の審査を受け認定NPO法人と認められた。音楽関係では2団体ほどしかない。ライフワークとしてこれからも地道にコツコツやっていきたいと思っている。

(構成 特別編集委員・国分 敦)

 プロゴルファー・尾崎将司「自分はゴルフ以外にも多くの趣味を持ってきたけれど、音楽という意味では平尾先生と出会い、すごく深い部分にまで入りこませていただきましたね。そのうちの一つはレコーディングであったり、当時(京都の名士が集い一流の有名歌手が公演していた)“ナンバーワン”と評判だった京都『ベラミ』でショーをしたことであったり。音楽に関しては中途半端に終わらせたくなかった。そういう意味では、平尾先生のプロデュースでシングル、LP『君は今』を出させていただいたことには非常に感謝しております。チャリティープロアマ戦などのゴルフ以外でも、先生とのお付き合いから素晴らしい友人関係を築けたこともいい思い出です」

  • 楽天SocialNewsに投稿!
平尾昌晃・生涯青春
  • 1
  • 2
今日のスポーツ報知(東京版)
報知ブログ(最新更新分)一覧へ