41年前の伝説の一戦を村松友視さんが描いた「アリと猪木のものがたり」、作品に込めた思いを告白

2017年12月8日12時0分  スポーツ報知
  • 41年前の伝説の一戦を鮮やかに描いた村松友視さん

 直木賞作家の村松友視さん(77)がこのほど、「アリと猪木のものがたり」(河出書房新社、1728円)を出版した。1976年6月26日、日本武道館で行われたボクシング世界ヘビー級王者ムハマド・アリとプロレスラー、アントニオ猪木との格闘技世界一決定戦に潜むテーマを暴き出した渾身の一冊だ。1982年に「ファイター 評伝アントニオ猪木」を最後にプロレスへの執筆は封印していた村松さん。35年ぶりに沈黙を解いた理由は何か。村松さんが明かした。

 41年前、中央公論の編集者だった村松さんは、自宅で友人とテレビで猪木対アリを観戦したという。世紀の一戦」とうたわれたが結果は15ラウンド引き分けに終わった。世間から「世紀の凡戦」と酷評の嵐が吹き荒れた。

 「ボクも結果にすごく不満だった。もっとプロレス的でもダーティーでもいいから決着を付けてくれた方がまだ気持ちがいいと思っていたレベルの一ファンだった。自分も世間と同じよう不満を感じていた」

 1980年。会社に勤めながら作家としてのデビュー作となる「私、プロレスの味方です」を執筆。猪木の戦いを「過激なプロレス」と表現するなど、とかく「やらせ」と揶揄されるプロレスに新たな価値観を世間へたたき付けファンの共感を呼び大ベストセラーとなった。この一冊がきっかけとなり、会社を辞め、ながれとなった。82年に「時代屋の女房」で直木賞を受賞、そこから本格的に作家としての生活がスタートした。その後も意欲作を送り出し、揺るぎない地位を築いた。しかし、心のどこかにトゲのような引っかかりがあったという。それが猪木対アリ戦だった。

 「当時はあの試合への価値観が浮かばなかったんですね。世間では嘲笑され罵倒され、“プロレスはプロレスなんだ”とされている時にそれに反撃する言葉が自分の中になかったんですよ。それは、やっぱり自分の中でもあの試合が不満で世間の嘲笑とか罵倒、冷笑みたいなものに重なる部分が自分の中にもあったというのが反撃する言葉がなかった理由だったと思います」

 「私、プロレスの味方です」で猪木を語った村松さんをして言葉が出てこなかった猪木対アリ。背景にあったのは、この試合のスケール感だったという。

 「『私、プロレスの味方です』の場合は、プロレスを世間に価値を知らせるために、鬼の首を取ったみたいに“八百長だ”なんって言っている人々に“そんなことはこっちは百も承知で見ているんだ”っていう風にマイナスの札をひっくり返して、世間にプロレスの価値を提示する手だてができたんだけど、相手がアリとなって、これだけ世間を騒がせた試合になると、世間を説得させる手だてとしての言葉の銃弾が頭に浮かんでこないんですよ。ファンとして寂しい気持ちがあったり、あんまり触れないでおこうみたいな気持ちがどっかであったんじゃないですかね」

 ただ、当時もアリ戦を書いていた。

 「でも、ちゃんと書けないんだなっていう感じでした。なでるようにしか書いてない。小太刀の名人と槍の名人が戦ったようなもんで“どっちが強いかなんてのは、決めにくいんだ”っていう比喩的なものにしかまとめられなかった。ちゃんとあの試合は、こうなんだってプロレスファンの立場に立って、アントニオ猪木のファンの立場に立って、こういう風に表現するんだっていう言葉がつかめなかった。かといって触れないわけにもいかないもんだから、中途半端に及び腰で触れている」

 作家として振り返るたびに「猪木対アリ」というトゲが心に深くえぐってきた。

 「でも40年たってみると、物書きという時間を積み重ねていくうちに、やっぱり、その及び腰はまずいんじゃないかという後ろめたさみたいな感じになった」。

 82年の「ファイター」を出版した後、「プロレスのことは書かない」と宣言していた。一方で「猪木対アリ」への思いは募る。そして決断する。きっかけは、2016年6月3日。アリの74歳での死だった。

 「なかなか腰を上げるタイミングがなかった。プロレスのことは書かないと言ったし猪木さんのことも書き尽くしたと思っていたんだけど、猪木さんとの付き合いもつながっているんだけど、アリが亡くなったことが大きかった。その時にアリの追悼番組が放映されて、もう1回あの試合を見ることができた。ここで自分の気持ちの中で引き金を感じられた」

 「猪木対アリ」と向き合い葛藤した40年を経た今の立場から両者の戦いを書くべく「言葉の弾丸」を装填(そうてん)した。引き金を引いた本書には、戦いに至るまでのアリと猪木が背負った背景。「私、プロレスの味方です」を書いた当時の自身の心象風景、全15ラウンドの考察などあらゆる角度から世紀の一戦があぶり出されている。

 「アリと猪木が戦ったんだけど、これまでは、アリとは何か、猪木とは何かを重ね合わせた上であの試合を見ることはしていなかったわけですね。今度の作業で特にアリについて彫刻で言えば、わりと深く彫り込んでいったのでくっきりと見えてくる」

 中でも1974年10月30日、ザイールの首都キンシャサでジョージ・フォアマンをKOした「キンシャサの奇跡」でのアリを描くシーンは圧巻の迫力だ。そして、アリと猪木が背負った背景がクロスする瞬間を感じた時、41年前の試合が今もなお輝きを放ち鮮やかによみがえってくる。

 「私プロレスの味方ですって書いた時にボクとしては、けっこううがったことを書いたつもりなんだけど、プロレスファンから自分と同じ意見を持っている人がいたというふうに共鳴された。一生懸命、絞り出したはずなのに、そんなの初めからファンは感じているとしたらやばいなと思ったんだけど、そんな風に感じられるっていうのがあの本の力だったと思う。今回も自分のテーマだったアリと猪木のことをずっと思っていた自分と同じだなと思って頂けたらすごくうれしいですね」

 今も生き続ける「猪木対アリ」。これを村松さんは「試合のビンテージ(生命力)」と表現した。そして、その息吹を吹き込んだのは村松さんだ。

 「ボクにとって作家の原点にはアントニオ猪木の試合があった。今、『私、プロレスの味方です』を読み直してみると、けっこう、ちゃんとした文章書いていてびっくりしている。いろんなことを発見しながら書いている。ボクは、これまで物書きとしてろんなことについて書いてきたけど、ボクにしかできないことは『私、プロレスの味方です』で見たような見方をすること、今度、この本で猪木とアリを見るような見方、これはボク流と言っていい。これは普通の作品を書いている時と違う手応えだった。今度の本はボクの頭の中の意識はフォーシームで投げたくなった。ワンシームとかツーシームで投げた変化球ピッチャーがズドーンと投げたくなったということ」

 真っ向からの直球勝負で書き下ろした一冊。「アリと猪木のものがたり」だけではなく村松さん自身の智の変遷を感じる大作でもある。だからこそ、こう言った。

 「この本は、猪木とアリをずっと見続けているボクのものがたりでもあるんですよ」

 スポーツ報知では、「アリと猪木のものがたり」についてアントニオ猪木に単独取材した。今、猪木が振り返るアリ戦。「世紀の一戦」への村松さんの考察と重ね猪木と村松さんがそれぞれ語る「アリと猪木のものがたり」を年末に連載します。

(取材・構成 福留 崇広)

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