【アントニオ猪木と村松友視が明かす『アリと猪木のものがたり』〈4〉】宿命だった猪木対アリ…村松さんが読み解く「キンシャサの奇跡」 

2018年1月4日10時0分  スポーツ報知
  • 猪木と対戦したアリ(左)

 ムハマド・アリ対アントニオ猪木。ボクシング世界王者と東洋のプロレスラー。まったく接点のない2人は確かに1976年6月26日、日本武道館で戦った。伝説の一戦に新たな光を与えた「アリと猪木のものがたり」(河出書房新車刊)を書き下ろした村松友視さんは、時を経た今、両者に決定的な共通項を見いだした。

 「アリについて書く時に、アメリカの資料と伝記、叛アメリカ論という参考文献を徹底的に読み込んで、その流れに沿ってアリを考えてみようと思ったんです。その中でひとつの啓示がありました。アリを見ている人の中でもそこまでアリの価値をしかもファンじゃなくてクールに見ている人は、いなかったと思う。つまり、アリは、あながちアメリカの単純なヒーローじゃないんです」

 アリについての資料、著書を読み込んだ時に下りてきた「啓示」。それは「差別との戦い」だった。アリは黒人差別と戦い、ベトナム戦争への徴兵拒否などの反戦運動で米国社会から批判を受けた。

 「アリの黒人問題の一番鋭いところは、黒人の中に刷り込まれた白人的価値観を暴いていったことだったんです」

 象徴的な試合が74年10月30日。「キンシャサの奇跡」とうたわれたザイール(現コンゴ)の首都キンシャサでのジョージ・フォアマン戦だった。戦前、圧倒的不利の下馬評の中、アリは8ラウンドKOで勝利した。

 「その当時は分からなかったんだけど、今回、なんでアリはザイールで戦ったんだっていう風なことを掘り下げ洗っていくうちにくっきりと見えてくるものがあった。アリがフォアマンに対する対立軸は、黒人の中に刷り込まれた白人の価値観にお前はおもねているんだ、オレはすべての黒人のためにお前と戦うんだっていう、戦う意味をくっきりとさせるためだった」

 アリは当時、戦いながら相手に「Who are you?(お前は誰だ?)」と挑発していた。

 「当時はアリが試合中に“Who are you?”とか言うのは、相手を翻弄するために催眠術をかけているという説があった。ところが、そんな簡単なことではなくて“お前は何者なんだ”っていう深い意味があった。キンシャサでは、フォアマンに対して黒人なのに白人の価値観で生きているお前は誰なんだって問い続けていたんです」

 村松さんは「キンシャサの奇跡」でアリは、「白人的価値観」を持つフォアマンと戦っていたと解釈した。リングで相手はもちろん、その向こう側に横たわる己が感じた理不尽さと戦ったボクサー。それがムハマド・アリだった。では、戦った当事者の猪木は、アリが背負ったバックボーンを41年前に知っていたのだろうか。

 「いや、実はアリのことは、どういう人間かっていうことは戦うまで知らなかった。もちろん、アリという名前は知っていましたよ。ちょうど、オレが米国へ修業に行っていた時にソニー・リストンを破って20歳で世界王者になって話題になりましたから。ただ、当時、アリについての知識は、それぐらいだったんです。それよりもオレ自身は、自分の世界で必死に生きていましたから」

 アリが黒人差別と戦っていたことは試合が終わった後に分かったという。

 「対戦した後にアリが黒人運動、差別と戦っていたことが分かったんです。オレ自身には、差別意識はまったくありませんから、64年に米国へ修業に行った時に、テキサスで仲良しだった黒人のレスラーとジムへ行った時にそこのオーナーがオレは使っていいけど、彼はダメだってね。そうすると、そのレスラーは“猪木、いいよ。気にしないでジムで練習してくれ”って言うんですね。その時に初めて、差別というものに気づかされたというか、ここまでひどいとはと感じたんだけど、ですから、アリがどんな思いで戦ってきたかということを考えると、ある部分で壮絶だったんだろうと思うことはあります」

 戦った後に猪木が知ったアリの背景。「差別との戦い」は、しかし、猪木にも内在していたことを村松さんは「アリと猪木のものがたり」を書き進めていくうちに見いだしていったという。

 「ボクは、本を書くとき、結論があって、それを文字化するってことはやったことがないんです。文を書くっていうのは神秘的で不思議なところがあって、ただしゃべるために言葉を言っているのと違って書きながら考えていくと“こんなこと考えていたんだ”って自分の中でもびっくりするようなところへ行くことがある。書くっていうのは何かが降りてくるっていうレベルの神秘性じゃなくて、書きながら物を考え紡ぎ出される何かがあるシステムなんだなって思います」

 書きながら考え、猪木がアリと戦うことは「宿命」と見いだした村松さん。80年の処女作「私、プロレスの味方です」で猪木に決定的な価値観を与えた直木賞作家だからこそたどり着いた発見だった。

 「アリが抱える問題を猪木との関係において重ねていくことはボクにしかできないと思う」

 猪木の内にあったアリと重なる「戦い」。村松さんと猪木自身が告白した。(続く) 

  • 楽天SocialNewsに投稿!
格闘技
今日のスポーツ報知(東京版)