【あの時・ガールズケイリン誕生】(5)売り上げ予想の2・5倍!大盛況のスタート

2017年5月1日14時0分  スポーツ報知
  • 女子競輪復活の日、第6レースに出場した(左から)荒牧聖未、越田恵美子、浦部郁里、山口菜津子、藤原亜衣里、中山麗敏、小林莉子
  • 第7レースに出場した(左から)渡辺ゆかり、森美紀、大和久保美、増茂るるこ、高松美代子、戸田みよ子、加瀬加奈子

 彼女たちが卒業間近になるころ、やっと、ほかのスポーツ紙でも取り上げられるようになった。2012年4月の卒業記念レースには多くの報道陣が詰めかけた。渡辺ゆかり、岡村育子、在校1位の加瀬加奈子や、小学校教員から転身した中村由香里。48歳で合格し、デビューする時には50歳になる熟女レーサー・高松美代子(引退)らがいた。

 中村などは安定した職業を捨ててまで、プロになることを選んだ。合格したのは36人。入学辞退が1人。退学1人。停学1人。卒業式は33人だった。どう接していいか分からなかった教官たちも、彼女たちの成長に目を潤ませていた。

 48年ぶりに復活した女子競輪は12年7月1日、神奈川・平塚競輪場で華々しく開催された。果たして成功するのか? ファンの反応は? 1日2レースで、1レースは7車立て。計14人がオープニングに臨んだ。五輪や世界選手権でしか見たことがないカーボンフレーム製の自転車。車輪もカラフルなディスクを使用。ユニホームも暖色系の赤を使用した、かわいらしいデザインだった。詰めかけた多くの観客はその時を、今か今かと待ちわびていた。カクテル光線に照らされたガールズがスタート台に立つ。号砲がなると場内のボルテージはマックスに達した。

 JKAや施行者の平塚市は、売り上げは3日間で1億円と予想していた。しかし、蓋を開けてみればなんと約2億5000万円の大盛況。当初の開催場所は「首都圏のナイター場」となっていて、平塚のほかに京王閣(東京・調布市)と松戸の3場だった。それが、成功したとなると次から次へと開催に名乗りを上げる競輪場が続出した。今ではガールズケイリンが、プラスになるかどうかが、その日の売り上げの大きなポイントになっている。

 オープニングレースを観戦した下重だったが、この時はすでにJKA会長の座を退いていた(11年3月退任)。しかし、自らがつくり上げた「ガールズケイリン」のスタートに、いても立ってもいられなかった。「やっとここまで…」と感慨深げにポツリと言った言葉は、今でもしっかりと耳に残っている。

 小泉元総理の言葉がなければ下重も今、ここにはいなかった。抵抗勢力との戦いでも、一歩も引かず自分を貫き通した。だからこそガールズケイリンが今ある。晴れてほしいと着てきたオレンジのジャケット。あの鮮やかな色は、生涯忘れないだろう。(永井 順一郎)=敬称略、おわり=

 ◆ガールズケイリン1、2戦の売り上げ

 ◆第1戦平塚競輪場

7月1日(初日)9859万9700円

2日(2日目)6409万8900円

3日(最終日)8624万8400円

3日間合計 2億4894万7000円

 ※全体の売り上げに対する占有率は19・5%

 ◆第2戦京王閣競輪場

7月6日(初日)3717万6100円

7日(2日目)5116万1700円

8日(最終日)6653万0000円

3日間合計 1億5486万7800円

※占有率は23・2%

あの時

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