【野球記者が見た2016】巨人・沢村、右足裏の激痛も使命感だけで投げ続けた

2016年12月1日11時0分  スポーツ報知
  • 力投する巨人・沢村

 広島が25年ぶりの優勝を果たした今季。11月の東京には54年ぶりに初雪が降りました。それに比べれば我らが巨人のV逸なんてたったの2年! スポーツ報知もメゲてはいられません。というわけで担当記者の面々が神ってたようなゲスなようなシーズンを振り返ります。「見た2016総集編」―が1日からスタート。しばしお付き合い下さい。

 人知れず激痛と闘っていた。開幕直後、沢村は病院で衝撃の宣告を受けた。「右足足底(そくてい)腱(けん)膜断裂。しっかり治すには手術がいい。でも手術したら2か月、車椅子です」。覚悟はできていた。「抑えを任されて離脱するわけにいかない」。選んだ道は手術回避、保存療法だった。

 昨季途中から、右足裏に慢性的な痛みがあった。足底腱膜とは、足裏の指の付け根からかかとにかけての腱組織。断裂は最悪、歩行困難になる重傷だ。

 右足は沢村にとって大切な軸足。故障と付き合いながら投げるため、医療用のインソールを作ってスパイク、普段の靴にも入れた。それでも立っているだけで負担がかかる。自宅内では左足のケンケンで移動することもあった。朝、ベッドから起きあがる一歩目はいつも恐怖。少しでも状態を上げようと、ハリ治療も試みた。「足裏は神経がたくさん通っていて痛い。もん絶。一生やりたくない」

 なぜ、こんな状態で投げ続けたのか。それは使命感だけだった。「できる、できないじゃない。やるか、やらないか。抑えはそれだけ責任あるポジション。指の骨が折れたって投げますよ」。首脳陣に症状を伝えた上で投球可能と判断したが、患部の状態は一進一退。1年間まともに走れなかった。それでも「試合に出る以上、言い訳ゼロ。打たれたら実力不足」と一度も足のせいにしなかった。

 救援失敗で先発の白星を消した時「迷惑かけて本当に申し訳ない。死んだら楽になれるかな」などと絶望した。だが、内海や菅野はいつも温かい声をかけてくれた。「その一言がどれだけありがたかったか」。仲間には感謝しかない。

 故障を表に見せず、自己最多63登板、37セーブでセーブ王。終盤に調子を落として印象は良くないかもしれない。優勝を逃した責任も口にしていたが、長期離脱していたらチームはもっと苦しかった。2年連続で抑えの重責を担ってタイトル獲得、昨年に続いて60登板30セーブ以上の貢献度は高く評価されるべきだと思う。

 右足裏はシーズン後にようやく完治した。「支えてくれたトレーナーの方のおかげです」と今は来季への期待が膨らむ。重圧、苦しみ、痛みを乗り越え、沢村は心身ともに強くなった。(巨人担当・片岡 優帆)

 沢村拓一投手から見た片岡優帆記者

 打たれた時ばかり記事にして。たまには抑えた時も記事にしてくださいよ。っていうのは冗談で、この球団で抑えをやるということは、厳しいことを言われるのも仕事だと思っています。小さいことを気にしても仕方ない。記事にしてもらううちが華ですしね。ただ、沢村=筋トレみたいなイメージを持たれる記事だけはやめて下さい。ウェートは大切だしもちろんやっていますが、そこだけにフォーカスされても嫌ですからね。

野球記者が見た2016
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