【こちら日高支局です・古谷剛彦】今でも忘れられないノースフライト その血は脈々とつながる

スポーツ報知

 現役引退後、生まれ故郷の北海道浦河町の大北牧場、繁殖生活や余生を過ごしていたノースフライト(牝28歳)が22日、老衰による心不全のため死んだ。同牧場の斎藤善厚専務にお話を伺った。

 「食欲はあり、頭もしっかりしていたんですが、昨秋ごろから筋肉などが落ちてきたり、脚元がフラつき出したりと、弱ってきているのを感じていました」

 ノースフライトは、94年に安田記念とマイルCSを勝利し、JRA賞最優秀5歳以上牝馬(当時)に輝いた。この頃に競馬を見始めたというファンが、牧場を訪れることも多かったという。

 「繁殖生活を終えて、功労馬として見学できるようになってから、最初のころはさほど見学者はいなかったんですが、この2、3年はファンの方々の来場が目立ってきました。あの頃の競馬って、個性的な馬が多かったし、お話を伺っていると、やはり競馬に熱い方が多かったんだなと思います」(斎藤専務)

 ノースフライトは、母として重賞ウィナーを送り出すことはできなかったが、3番子のミスキャストが種牡馬となり、12年天皇賞・春を制したビートブラックを輩出した。また、ノースフライトの子はセールなどで人気もあり、大北牧場以外でも、ノースフライトの牝系は脈々とつながっている。新馬、菜の花賞を連勝し、牝馬クラシック戦線に名乗りを上げているオハナ(牝3歳、美浦・堀厩舎)は、ノースフライトの孫に当たる。

 「うちの牧場でも、ノースフライト牝系の繁殖は3頭います。子供だけでなく、孫の代も含め、国内では結構いると思いますので、その血がますます繁栄していけたらと思います」と斎藤専務は話し、ノースフライトへの感謝も述べていた。

 私が高校時代に走っていた名牝で、何年前だったか忘れてしまったが、大北牧場でノースフライトに会うことができた時のうれしさは、今でも忘れられない。(競馬ライター)

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