希望の光だ!乾貴士2発 未勝利でW杯突入の危機救った

2018年6月13日6時0分  スポーツ報知
  • 後半6分、同点ゴールを決めた乾(中)がベンチに向かって駆け出す(右は山口、左は柴崎=カメラ・竜田 卓)
  • 乾の2本のゴール

 ◆国際親善試合 日本4―2パラグアイ(12日、オーストリア・インスブルック)

 FIFAランク61位の日本は、W杯開幕前最後の親善試合で同32位のパラグアイと対戦し、4―2で逆転勝ちした。前半32分に先制されたが、後半6、18分とMF乾貴士(30)=ベティス=が、自身2度目の1試合2発。西野朗監督(63)就任3試合目でのチーム初得点で初勝利を呼び込み、“ラッキーボーイ”に名乗りを上げた。終了間際にはMF香川真司(29)=ドルトムント=が追加点。約4年ぶりに逆転勝利を飾った日本は13日、ベースキャンプ地となるロシア・カザンへと移動。W杯イヤー待望の1勝で弾みをつけ、本番に臨む。

 MF乾が停滞する西野ジャパンに新風を吹き込んだ。1点を追う後半6分、MF香川が落としたボールを前に運び、右足でゴール右奥に突き刺した。さらに同18分にも華麗に2点目を突き刺す。2得点で西野ジャパン3試合目で初勝利をもたらし、「練習でよく打っていて、すごく感じが良かった。その形さえ良ければ決められる自信があった。入って良かった」と、笑顔を見せた。

 転機はハーフタイムに訪れた。ドリブル、シュートミスを繰り返した前半。ロッカールームに戻ると、西野監督から「スパイクに(悪い)何か入っているんじゃないか」と言われた。「気持ちをうまく切り替えなきゃいけない時がある。自分を責めるよりも、今はスパイクのせいにして、(反省は)試合後でいい」。履き替えた方は、軟らかい欧州のピッチでは向かないスパイクだったが、見違えるようにボールが足につき、ネットを揺らした。

 綱渡りの人生だった。2007年、野洲高(滋賀)から注目選手として横浜M入りしたが、評価を得られずC大阪へ期限付きを経て完全移籍した。その後はドイツ2部ボーフム、同1部フランクフルト、スペイン1部エイバルと5つのクラブを渡り歩いた。所属クラブとの契約が切れる時は、いつも苦しんだ。「常に一択。サッカーを続けるためには、オファーをくれたクラブに行くしかない」(代理人)状況だった。

 主な理由はサイズ。身長169センチ、体重はロシアW杯出場選手最軽量の59キロと小兵で、国内では伸びしろが疑われ、海外ではプレーをチェックされないままプロフィルはゴミ箱行き。それでも、自分を信じた。横浜M時代は練習がない午後も練習場で壁にボールを蹴った。練習量は「中村俊輔(現磐田)と同じかそれ以上」と、横浜M関係者。単身赴任のスペインでは、オフの日の居場所は専らクラブハウスのトレーニングルームだ。やるべきことをやってきたからこそ、試合中にあとは気持ちの問題と考えてスパイク交換に踏み切れた。

 W杯メンバー選考の時には、同じポジションの新進気鋭のMF中島翔哉(ポルティモネンセ)の落選がクローズアップされ、西野監督への批判も耳にした。自身も5月中旬に右太ももを負傷し、メンバー入りも危ぶまれたが、ゴール前での突破力を買われて選出。自身の不安を吹き飛ばし、日本、チームを前進させる2得点となった。

 チームは13日に決戦の地、ロシアに入る。「良い形で本大会に入れることは確か」としながらも、「大事なのは本大会。今日は終わったこと」と乾。30歳の苦労人が、チームの歯車をがっちりかみ合わせた。(内田 知宏)

 ◆乾 貴士(いぬい・たかし)1988年6月2日、滋賀・近江八幡市生まれ。30歳。野洲高2年時に全国高校選手権で優勝し、2007年に横浜M入団。08年にC大阪に期限付き移籍し、09年から完全移籍。11年にドイツ2部ボーフムに移籍し30試合7得点。12年に同1部フランクフルト、15年からスペイン2部エイバルでプレー。今月1日に同1部ベティスと21年まで3年間の契約が発表された。国際Aマッチ通算27試合4得点。169センチ、59キロ。

日本代表
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