赤井英和&平仲明信ジュニア、東京五輪で夢の実現へ父と二人三脚

2016年12月13日11時0分  スポーツ報知
  • 自宅内にあるジムでトレーニングし、汗を流す赤井英和、英五郎親子
  • ポーズを取る元WBA世界Sライト級王者・平仲明信の息子・信裕

 ボクシングは2世に注目だ。元プロボクサーで“浪速のロッキー”と呼ばれたタレント・赤井英和(57)の長男・英五郎(22)と、元WBA世界スーパーライト級王者・平仲明信氏(53、本名・信明)を父に持つ信裕(20)=芦屋大2年=は、東京五輪出場を目標に掲げている。赤井ジュニアは父が果たせなかった夢の実現へ、平仲ジュニアは日本ボクシング界初となる親子2代での出場を目指す。(構成・伊井 亮一)

 都内にある自宅に野太い声が響く。「カモン、英五郎!」「よっしゃ~、ナイスボディー!」。英五郎は約3年前にボクシングを始めたばかり。父は自宅の倉庫を改修して練習場を作った。「五輪を考えたら、まず日本一にならないといけない」。英五郎は父が果たせなかった夢を追いかけている。

 米ハワイの高校でアメフトをしていた英五郎は「自分の可能性を試してみたい」と距離を置いていたボクシングを選んだ。米ロサンゼルスの大学に留学中のため、2015、16年の全日本選手権とその予選に出場しただけで、キャリアはまだ6戦だ。それでも、昨年の全日本ミドル級で8強入り。「日本一の山の頂上が見えた。おこがましいけど『いけるんじゃないか』と思った」と自信を深めた。

 英和は日本がボイコットした1980年モスクワ五輪の最終選考会まで残った。プロでは“浪速のロッキー”と呼ばれて人気を誇り、83年にはWBC世界スーパーライト級王座に挑戦(7回TKO負け)。85年に頭部の大けがで引退した。「かなわなかった夢を息子がかなえてくれたら、こんなに幸せなことはない。今まで見てきたミドル級の選手の中でもパンチ力はピカイチ。左フックは私以上」と絶賛する。

 大学で映像を勉強している英五郎は、来夏にはハリウッドなどでインターンシップに参加することを検討している。ロスでは帝拳の選手が利用するジムで練習し、試合への出場を模索する。「ボクシングのIQが足りない。限られた時間の中で詰めていくしかない」。文武両道のイケメンは本場で腕を磨く。

 父を思い出させる風貌だ。「(ひげを生やすのは)何かしら、憧れている」と平仲は照れ笑い。「同じ階級でやりたかった、という気持ちがあったかもしれない」。階級も信明氏と同じライトウエルター級(プロはスーパーライト級)だ。「日本のボクシングで親子での五輪出場はない。オヤジに『プロで世界王者になるより、五輪に出る方が大変』と聞いた。そこでメダルを取ったらすごい」と偉業に挑む。

 父は1984年ロサンゼルス五輪に出場(初戦敗退)した後、92年にWBA世界スーパーライト級王座を獲得。沖縄のジムから初の世界王者になり、20勝(18KO)2敗のハードパンチャーだった。信明氏は息子について「パンチ力はある。『倒すのではなく試合で勝つボクシングをしろ! 世界で通用する選手になりなさい』と言っている」と期待を隠さない。

 父の指導もあり、初出場の15年から2年続けて全日本選手権で4強。今秋は日本連盟・山根会長の計らいで初めて国際大会(世界大学選手権)を経験した。「レベルを肌で感じて、頑張れば頂点に立てると知った」。尊敬する父と同じ夢を追いかける。

 ◆赤井 英五郎(あかい・えいごろう)1994年9月22日、東京・渋谷区生まれ。22歳。小学3年でラグビーを始め、6年に米ハワイ留学。バスケットボール、アメフトで活躍し、ロサンゼルスのウィディアカレッジに入学。14年1月からボクシングを始め、15年の全日本選手権でベスト8。戦績は4勝2敗。身長180センチの右ファイター。名前は父と祖父・五郎さんに由来。英和が名付けた。

 ◆平仲 信裕(ひらなか・のぶひろ)1996年10月22日、那覇市生まれ。20歳。沖縄・南部農林高1年でボクシングを始め、3年の高校総体で準優勝。15年の関西学生リーグ戦で最優秀選手賞、同年の全日本大学王座決定戦で敢闘賞。15、16年の全日本選手権は共にベスト4。戦績は48勝(33KO)15敗。身長174センチの右ボクサーファイター。

  • 楽天SocialNewsに投稿!
ボクシング
今日のスポーツ報知(東京版)