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“NWF王座”を復活させた高山善廣の復活劇が始まった…金曜8時のプロレスコラム

2017年11月17日8時0分  スポーツ報知
  • NWF王者時代の高山善廣(右)とIWGP王者時代の中邑真輔(2003年12月)

 先週のこのコラムで『「プロレス総選挙」のリベンジ果たした「アメトーーク!」』として5日にテレビ朝日系で放送された「日曜もアメトーーク!2時間SP『プロレス大好き芸人ゴールデン』&『仲良し同居芸人』」(後6時57分)をネタにし、プロレスの地上波ゴールデンタイム露出が実現したことを書いたが、エンディングで流された高山善廣(51)=高山堂=へのエールまで言及できなかったことで、多くのご指摘を受けた。

 高山がいかにファンから愛されているかを痛感させられた。高山(あえて現役選手扱いのため敬称なし)は今年5月4日にDDTの大阪・豊中大会での6人タッグマッチで、回転エビ固めを仕掛けようとして、頭から真っ逆さまに落ち、救急搬送された。頸髄損傷および変形性頚椎症で同8日に手術を受け、8月に頸髄完全損傷と診断された。

 「アメトーーク!」のエンディングでは、高山の名場面VTRが流され、プロレス大好き芸人のケンドーコバヤシ(45)が「高山選手、頑張ってください」とエールを送り、出演者全員で高山の決めゼリフ「ノーフィアー!」を叫んだのだった。

 “盟友”鈴木みのる(49)らが立ち上げた支援団体「TAKAYAMANIA」による、治療費などの募金活動の輪は半年たっても広がり続け、16日に東京・後楽園ホールで行われた「日中国交正常化45周年記念『東方英雄伝』日本旗揚げ大会」でも募金活動が行われた。

 高山の功績は今さら書くまでもないだろうが、新日本プロレス(IWGP)、全日本プロレス(三冠ヘビー、世界タッグ)、プロレスリング・ノア(GHC)のメジャー3団体のヘビー級シングル&タッグの全王座に就くという史上初の“スーパーグランドスラム”を達成(09年3月)している。総合格闘技「PRIDE」にも参戦し、勝ち負けではないプロレスラーの強さを見せつけたことも偉業だ。

 それよりも特筆したいのは、1981年4月にアントニオ猪木(現参院議員)がIWGP創設のために返上・封印したはずのNWFヘビー級王座を新日本プロレスで“解禁”したことだ。王座決定トーナメント(藤田和之、安田忠夫、高阪剛が参加)の末、2003年1月4日の東京ドーム大会で高山が王者に認定された。伝説のベルトの安易な復活は、“冬の時代”の苦肉の策と言えなくもないが、高山の帝王ぶりに、“猪木信者”からの反発はあまりなかった印象がある。

 7度防衛戦を行い、翌2004年1月4日の東京ドーム大会で当時のIWGP王者・中邑真輔(現WWE)との統一戦で敗れ、NWF王座は再び封印。しっかり落とし前をつけている。わずか1年とはいえ、昭和のファンにとってはあり得ないと思われたNWF復活を実現させてみせた高山は、復活の帝王なのだ。

 高山の肉声を最後に(現時点で)聞いたのは、4月5日のことだった。元GHCヘビー級王者の小橋建太氏(50)がプロデュースしたFortune Dream4(6月14日・後楽園ホール)への参戦会見だった。その後の事故で参戦はかなわなかったが、高山はこう言っていた。「俺たちにオッサンと言う言葉はない」と。

 今月6日に更新された高山の公式ブログでは「最近の高山は、電動車椅子に乗る練習をしています。手は動かないので、アゴでコントローラーを操作しています。本人は電動車椅子に乗って、半年ぶりに自分の意志で動けた、と喜んでおりました」と“寝たきり状態”からの脱却が報告されている。病床で51歳を迎えた高山の新たな青春が始まっている。(酒井 隆之)

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