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テレ朝「ワールドプロレスリング」で飛び出した「ジャンボ鶴田」発言…金曜8時のプロレスコラム

2018年3月23日8時0分  スポーツ報知
  • 得意のポーズ「オー!」を決める現役時代のジャンボ鶴田さん

 18日未明に放送されたテレビ朝日系の新日本プロレス中継「ワールドプロレスリング」で、面白いシーンがあった。鈴木軍の“世界一性格の小ズルい男”タイチ(38)が、デビューから15年にして、まさかのヘビー級転向という話題についてカメラに向かって語っていた。

 「年数とか関係ないだろ、別に。1年だろうが、2年だろうが、30年だろうが。『人生はチャレンジだ』って、ジャンボ鶴田が言ってたよ。会ったことないけど」とにやけながらコメントしたのだ。

 新日本プロレスの中継で元全日本プロレスのエース、ジャンボ鶴田さんの名前が出るとは…。タイチは、実は、最初に入門したのは全日本プロレスだった。鶴田さんが亡くなったのは2000年で、タイチが入門したのは翌01年だから、接点はなかった。それでも、鶴田さんの名言は、刷り込まれていたのだ。

 「人生はチャレンジだ」この名言は、実は鶴田さんの師匠・ジャイアント馬場さんの言葉だったことを思い出した。99年3月6日、日本武道館で行われたジャンボ鶴田引退セレモニーで、鶴田さんは、こうスピーチした。

 「米国のポートランド州立大学の教授に就任することが決まりました。ジャイアント馬場選手のちょうどご逝去ということになり、時期の延期とか中止なども考えましたが、馬場選手がいつも僕にそう言ってくれたみたいに『人生はチャレンジだ! チャンスは掴め!』と、その言葉を信じ今日の決断となりました」

 師匠・馬場さんのことを亡くなってからも「馬場選手」と呼ぶとは。インタータッグの王者コンビだったというパートナー意識が強かったのか。スピーチを続けよう。

 「私はここに引退はしますけど、全日本プロレスには有望な若手がたくさんおります。三沢、川田、小橋、田上、いい選手がいっぱいいます。ですから、ファンのみなさま、ぜひ、これからも全日本プロレスに熱きご指導とご支援を切に切によろしくお願い致します」

 こう言って締めたセレモニーだったが、鶴田さんは翌2000年5月13日に49歳で亡くなり、全日本プロレスは、プロレスリング・ノアとに分裂した。6月18日のジャンボ鶴田さんメモリアル献花式の模様を伝えた6月21日深夜の放送分をもって日本テレビの「全日本プロレス中継」は打ち切りとなった。

 翌週からプロレス格闘技・総合情報番組「コロッセオ」が始まって、すぐに終わった…ということはさておき、あの時から眠っていたジャンボ鶴田さんの名前が「ワールドプロレスリング」で飛び出したことは、例えタイチが思いつきの小ネタで言ったのだとしても、しっかりとすくい上げておきたいと思った。

 鶴田さんは、新日本プロレスにたった1度だけ参戦したことがある。以前にもこのコラムで書いたが、東京ドームで1990年2月10日に開催された「スーパーファイトin闘強導夢」で、鶴田さんは谷津嘉章と組んで、木村健吾、木戸修組と対戦。鶴田さんが空中胴締め落としで木戸にフォール勝ちしている。だが、この映像はお蔵入りになったまま。同じく全日本(日本テレビ)から参戦した天龍源一郎の試合(天龍&2代目タイガーマスクVS長州力&ジョージ高野)はDVDで復刻されているのにである。

 タイチの発言が、“鶴田in新日本”の解禁の予告であったとしたなら…。私の“妄想”には無理がありそうだが、馬場さんから鶴田さんに継承された「人生はチャレンジだ」を勝手に継承してしまったタイチのヘビー級転向を応援していきたいと思う。(酒井 隆之)

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