【箱根への道】4選手がマラソン挑戦!青学大「サンキュー大作戦パート2」に迫る

2017年1月18日15時0分  スポーツ報知
  • OBの神野(左から2人目)、社会人選手の梶原(左端)らとともに走り込む青学大のマラソン組(右から下田、中村、小田、一色=カメラ・川口 浩)

 箱根駅伝(2、3日)で完全優勝し、史上初の大会3連覇と年度3冠を同時達成した青学大が早くも箱根より高い山を目指して走り始めた。10代マラソン日本最高記録保持者の下田裕太(3年)ら4選手が13~15日に千葉・富津市で今季のマラソン挑戦を見据えた合宿を敢行。最終日には42・195キロを走り込んだ。原晋監督(49)が「サンキュー大作戦パート2」と命名したマラソンに対する取り組みに迫った。

 10日前の興奮。6日前の華やかさ。それは過去の話だった。3日に箱根V3&年度3冠の偉業を成し遂げ、7日には渋谷センター街で優勝パレードした青学大が早くも本格始動。一色恭志(4年)、下田、中村祐紀、小田俊平(いずれも3年)の「マラソン組」は富津岬でボロボロになるまで自身を追い込んだ。

 富津合宿初日の13日は32・195キロ走。30キロを1時間45分52秒(1キロ平均3分32秒)で通過した後、残り2・195キロは6分23秒(1キロ平均2分54秒)と急激にペースアップ。特別参加したOBの「3代目・山の神」神野大地(23)=コニカミノルタ=と競り合いながらゴールした時、余力は残っていなかった。下田は「フラフラする」とうめき、中村は「エグい」とつぶやいた。「寒けがする」と話した一色の顔色は青ざめていた。

 最終日の15日はさらに過酷。中1日でフルマラソンに挑んだ。40キロの通過は2時間21分18秒(1キロ平均3分32秒)。下田は残り2・195キロを6分17秒(1キロ平均2分52秒)までペースを上げ、2時間27分35秒でゴール。最も遅れた中村も10秒差で走り切った。「残り2・195キロにこだわり、体も頭も切り替えることがポイント。いい練習ができた」と満足そうに話す原監督の隣で選手はげっそりとしていた。

 原監督はV3&3冠と自身9度目の箱根路に加え、感謝の意味を込めて今回の箱根駅伝に向けて「サンキュー大作戦」と命名。大成功させると間髪入れずに“続編”に乗り出した。「サンキュー大作戦パート2です。駅伝ファンに加えて、マラソンファンにも感謝を伝えたい」と高らかに宣言した。

 「パート2」は昨年のマラソン挑戦の“続編”という意味もある。昨年、青学大勢は4選手が東京マラソンに初出場。下田が10代マラソン日本最高記録の2時間11分34秒で日本人2位の10位に食い込んだ。日本人3位で11位の一色ら全4選手が健闘し、同一大学チームとしては革命的な成果を収めた。

 今年は下田と中村が東京(2月26日)、一色がびわ湖毎日(3月5日)、小田が静岡マラソン(同)に出場する。当然、昨年以上の活躍が期待される。「一色、下田は2時間8分台を狙える。世界陸上(8月、ロンドン)日本代表になるチャンスもある」と原監督は言う。

 下田は招待選手としてオファーを受けるほど注目度がアップ。「現実的な目標は2時間10分」とした上で「日本学生記録を少しは頭に入れて走りたい」と03年に中大・藤原正和(現監督)がマークした2時間8分12秒への挑戦も口にした。箱根8区で区間2位に2分4秒の大差をつける圧倒的な区間賞を獲得した後も精力的に走り込みを続けて合宿に参加。そして、合宿の3日間では朝練習、ウォーミングアップ、クールダウンを含めれば約115キロを走破した。

 対照的に一色は体調不良のため、合宿の第2日以降は静養に努めた。「びわ湖は東京の1週間後だから、全く問題ない」と原監督。一色は「まずは体調を戻したい」と巻き返しを誓った。

 箱根駅伝は1920年に「世界で通用する選手を育成する」という理念のもと創設された。それから、ちょうど100年後に行われる東京五輪に向けて、原監督は「メダル争いが出来る選手を送り込みたい」と意欲を燃やす。日本陸上界の異端を自称する指揮官が率いる青学大は、実は箱根駅伝の正統派チームと言える。(竹内 達朗)

箱根駅伝
  • 楽天SocialNewsに投稿!
その他
今日のスポーツ報知(東京版)