【箱根への道】「新たなスポーツ推薦は設けません」新興校とは一線を画す慶大の強化策

2017年4月12日15時0分  スポーツ報知
  • 箱根駅伝復活出場に意欲を燃やす慶大チーム(左から蟹江教授、下川長距離ブロック長、保科コーチ、川合監督)
  • 1994年の70回記念大会を最後に慶大は箱根路から姿を消した(左から3人目が慶大の神田大、右から2人目は区間賞を獲得した早大・渡辺康幸)

 今年、創部100周年を迎えた伝統校の慶大が「慶應箱根駅伝プロジェクト」を始動した。日体大OBの保科光作氏(32)を長距離専任コーチに招へい。さらに医学、生理学などを駆使した「ランニングデザイン・ラボ」が現場をサポートする。その一方、強化の“近道”とされる有力高校生ランナーのスカウトに関しては新たなスポーツ推薦制度を設けない。“慶大オリジナル”で1994年以来の箱根駅伝出場を目指す。

 1920年の第1回箱根駅伝に出場した4校は「箱根オリジナル4」と呼ばれる。そのうちの1校の慶大が、新興校とは一線を画した強化策で箱根路を目指すことを宣言した。

 創部100周年を機に「慶應箱根駅伝プロジェクト」が発足。94年以来の本戦出場を目指すが、多くの大学が力を入れる選手勧誘については慶大ならではの方針を貫く。「入試制度は従来と変わりません。新たなスポーツ推薦制度は設けない。もちろん、有力高校生ランナーに声をかけるが、入学は保証できない。『受験してください』と言うことしかできない」と川合伸太郎監督(71)は説明する。

 箱根駅伝常連校は全国の有力高校生にそれぞれのスポーツ推薦制度による入学を勧誘する。その際、競技力が優先され、学力が問われるケースは少ない。大学によっては学費免除、さらには奨学金の支給など経済的な支援を行う場合もある。しかし、慶大の方針は全く違う。16年リオ五輪400メートルリレー銀メダルの山県亮太(24)=セイコーホールディングス=も一般学生と同様のAO入試を突破して慶大競走部の門をたたいた。慶大には元プロ野球投手で栃木・作新学院高時代に甲子園で大活躍した江川卓氏(61)が1974年に受験に失敗したという“伝説”も残っている。

 大学のブランド力を利用して有力高校生を集める強化策を否定する慶大は選手育成に力を入れる。新たな指導スタッフとして保科コーチが就任。日体大時代には箱根駅伝に4年連続出場し、12~15年には母校でコーチを務めた。日体大は12年大会でチーム史上ワーストの19位と惨敗。その年は予選会に回ったが、翌13年にはV字回復優勝を果たした。箱根路の厳しさを知り尽くしている保科コーチは「予選会を突破するまで5~10年かかるでしょう。しかし、どうしても慶大で走りたいという気持ちのある選手が集まるはずなので将来、必ず強くなります」と話した。

 慶大の特徴的な強化策が「ランニングデザイン・ラボ」との連携だ。箱根駅伝コースから近い湘南藤沢キャンパス内に研究室を設置。蟹江憲史教授(47)は「医学、生理学、栄養学などを活用し、選手一人ひとりに合ったサポートをします」と話す。実は蟹江教授は慶大競走部OBで94年に最後に箱根駅伝に出場した時は4年生だった。出場はかなわず、4区と8区の付き添いに回った元長距離ランナーは「あの時、箱根駅伝の素晴らしさを味わった」と熱く語る。冷静さと熱さを兼ね備える蟹江教授は「選手としては慶大に貢献できなかったが、今は違う立場で貢献したい」と言葉に力を込めて話した。

 新興校が続々と台頭する時期と重なって慶大は箱根路から姿を消した。近年は低迷し、昨年の予選会は28位。通過ラインとは39分10秒の大差があった。「甘いと言われるかもしれないが、慶大は慶大のやり方で箱根を目指します」と川合監督は明言する。「陸の王者」慶応がオリジナルの道を走り始めた。(竹内 達朗)

 ◆慶大競走部 1917年創部。箱根駅伝には20年の第1回大会に参加。32年大会で唯一の優勝を果たした。出場は30回。主なOBは男子マラソン28年アムステルダム五輪6位・32年ロス五輪5位の津田晴一郎、36年ベルリン五輪男子棒高跳び銅メダルの大江季雄、2016年リオ五輪男子400メートルリレー銀メダルの山県亮太ら。練習拠点は横浜市の日吉陸上競技場。早大、明大などと同様に「陸上競技部」ではなく「競走部」を正式名称としている。

箱根駅伝
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