桜井康雄さん告別式に藤波辰爾、古舘アナら200人 出棺時には「ワールドプロレスリング」テーマ曲

2017年4月16日15時32分  スポーツ報知
  • 桜井康雄さんの告別式で藤波辰爾(左から2人目)らかつての新日本プロレス関係者を従えて弔辞を読む新間寿さん

 昭和の新日本プロレス全盛期にテレビ朝日系「ワールドプロレスリング」で解説者として活躍し10日に80歳で亡くなった東京スポーツ元編集局長の桜井康雄さんの葬儀告別式が16日、神奈川県厚木市のJAあつぎ第2グリーンホールでしめやかに営まれた。

 式には、藤波辰爾(63)、「ワールドプロレスリング」で実況を務めた古舘伊知郎アナウンサー(62)ら約200人が列席した。出棺時には「ワールドプロレスリング」の番組テーマ曲が流れる中、藤波、古舘さんら新日本プロレス黄金時代を支えた関係者が棺を運び、プロレスを記者として解説者として支え続けた桜井さんを送った。

 弔辞は友人を代表して新日本プロレス元営業本部長の新間寿さん(82)が読んだ。新間さんは、藤波ら昭和の新日本プロレスを支えた関係者と共に祭壇へ向かって「鳥は鳴けども涙を流さず。昭和の新日本プロレスの選手たちは、あなたが亡くなって涙乾く暇なし」と桜井さんの遺影へ呼びかけた。「今ここにいる藤波辰爾、ドラゴン藤波としてニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンに出ました。日本人でチャンピオンシップを戦う名誉で見事勝利を収めました。その技の名前をドラゴンスープレックスと名付けたのは桜井さん、あなたでした。あなたが亡くなったことにより小さな町の図書館が亡くなったような気がします」と語りかけた。

 「あなたと共に過ごし、タイガーマスクを産み、アントニオ猪木と共にモハメド・アリとの戦いを東京スポーツ、テレビ朝日と共に私どもは挙行することができました。40年経った今もあのモハメド・アリ戦が世界の津々浦々に輝き、語られています。アリ戦ではお金が無くて資金作りができなくて、その資金を一番最初に相談したのが桜井さんでした。自分の退職金を担保に東京スポーツ新聞社に3000万円のお金を用立てていただきました。アントニオ猪木共々、感謝しております。藤波辰爾も本当にあなたのおかげでドラゴンスープレックスという名前をもらい未だにまだ使い続けております」と生前の秘話を披露した。

 さらにこの日は、所要のため告別式に参列できなかった初代タイガーマスクの佐山聡から親交のあるインドのブッタガヤ市長から贈られたという仏教の開祖、ゴータマ・ブッタが悟りを開いたと伝えられている菩提樹の葉を、押し花にした額を「タイガーマスクから桜井さんのご遺族の方にお渡し願いたい」と託されたことを明かし、桜井さんの登美枝夫人に手渡した。

 弔辞で新間さんは、27日に後楽園ホールで行われる「リアルジャパンプロレス」のリング上で桜井さんへ追悼の20カウントのゴングを鳴らすことを約束した。当日は登美枝夫人、長男の裕之さん、長女の雅美さんを招待することを明かし「プロレス全体の願いが追悼のゴングとして鳴らされます。そのゴングのひとつひとつがアントニオ猪木対ルスカ戦であり、アントニオ猪木対ストロング小林戦であり、大木・猪木戦であり、そしてモハメド・アリ戦であります。タイガーマスクとダイナマイト・キッドの試合、古舘伊知郎さんの名放送による名解説者と共にやった時代、“プロレスの夜明け”と語った舟橋慶一さんがあなたのふるさとの宇都宮で新日本プロレスの放映の第一声をあげたこういう思いを20カウントのゴングに込めたいと思っております。桜井さん、今日までは私も寺の息子でありますが、あなたを戒名で呼びたくありません。あなたはいつまでも桜井康雄であり、桜井のデブさんです」と声を震わせた。

 最後に新間さんは「猪木さんが今まで来るんじゃないかと私は待ち続けておりました。アントニオ猪木さんの代わりに古舘伊知郎さんがお見えになりました。ありがたいことであります。桜井さん、あなたはこのように多くの3000万の人々のために夢を描き、夢を与えようと思った我々の戦い場所をあなたは自分の頭脳と手の先のペンで証明していただきました。本当にありがとうございました。あなたと共に過ごした時代を私は青春と呼んでおります。いつまでもこの青春が続くことを願って弔辞に代えさせていただきます。本当に桜井さん、ありがとうございました」と感謝の言葉を天国の桜井さんへささげた。

 

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