大迫傑、東京五輪代表選考会出場権獲得 箱根から米経由で日本歴代5位2時間7分19秒

2017年12月4日6時0分  スポーツ報知
  • 日本人トップの3位に入った大迫傑(代表撮影)

 ◆マラソン グランドチャンピオンシップシリーズ ▽福岡国際マラソン(3日、福岡市平和台陸上競技場発着=42・195キロ)

 大迫傑(26)=ナイキ・オレゴンプロジェクト=が日本歴代5位となる2時間7分19秒をマークした。日本人トップの3位に入り20年東京五輪代表選考会(MGC)出場権を獲得。国内初レースで自己ベストを3分以上更新し、新エースに名乗りを上げた。日本人2位の上門大祐(23)=大塚製薬=、同3位の竹ノ内佳樹(25)=NTT西日本=もMGC出場権を得た。(晴れ、気温13・4度、湿度57%、北の風3・2メートル=スタート時)

 気温14・5度。照りつける太陽を背に受け、大迫は歯を食いしばった。30キロ過ぎ。先頭集団がバラバラになり、1人になった。「キツかった。考える余裕もなく、とにかくゴールしたかった」。12年ロンドン五輪金メダルのキプロティクに食らいついた。2度目のマラソンで3位に入り、日本歴代5位の2時間7分19秒にも笑顔はない。「100%は出せた。でも、まだまだ力をつけていく必要がある」

 箱根駅伝でエースとして活躍した早大を卒業後、日清食品グループに所属するも1年で退社。世界からトップ選手が集う米国のナイキ・オレゴンプロジェクトへ拠点を移しプロランナーになった。メンバーはわずか10人前後。唯一のアジア人で五輪金メダリストに付いていく日々だ。もちろんコーチとの会話は英語。初マラソンだった4月のボストンでは2時間10分28秒をマークし、日本人で瀬古利彦以来30年ぶりの表彰台となる3位に入った。

 保育園で剣道、小学1年から野球、水泳を習ってきたが、中学入学と同時に「陸上をやりたい」と家族へ打ち明けた。両親からは「やりたいと言ったことは最後まで必ずやること」と育てられた。剣道は中学1年で初段まで取り、陸上一本に絞った。

 天才肌と言われてきたが、陰の努力も怠らない。長野・佐久長聖高校3年時に実家へ帰省した1月、自主練習に選んだのは箱根駅伝の5区コースだった。標高差800メートル超を駆け上がる難コースで当時は23・4キロ。オフにもかかわらず足を運び、ケタ外れの練習量をこなした。銭湯に行った時はロッカーで必ず「1番」を探し、選手寮のげた箱は常に1番をキープ。桜美林大陸上競技部の弟・隼也さん(21)は「『1番』が埋まっていると不機嫌になる」と苦笑いするほどの負けず嫌いだ。

 東京五輪を見据え「勝つ感覚、日本の空気感に慣れたい」と参戦を決めた今大会でMGC出場権を獲得したが満足はない。「あと20秒速ければ(2時間)6分台だった。自分の100%を上げていけば記録も狙える。地道な練習を積み重ねていきたい」。日本男子では15年東京・今井正人以来の2年ぶりの7分台。止まっていたマラソン界の時計を動かした。(小林 玲花)

 ◆大迫 傑(おおさこ・すぐる)1991年5月23日、東京・町田市生まれ。26歳。中1で陸上を始める。長野・佐久長聖高から早大へ進み、1年時は箱根駅伝1区区間賞で18年ぶりの総合優勝と大学駅伝3冠に貢献した。在学中に結婚。自己ベストは3000メートル7分40秒09、5000メートル13分8秒40でともに日本記録。2014年仁川アジア大会1万メートル銀メダル。16年リオ五輪5000メートル予選敗退、1万メートル17位。170センチ、52キロ。

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