【篠原信一の柔道一本】日本の宿敵リネールと素っ裸で真っ向勝負した件

スポーツ報知
篠原信一

 2020年東京五輪で日本男子最重量級の宿敵となる絶対王者、テディー・リネール(フランス)には、私が男子代表監督だった頃から見てきて、とにかく勝負に対する執念を感じる。

 それを語ろうかと思いますが、本題に入る前に、その絶対王者と素っ裸で対時することがありました。ずいぶん前の話ですが。うちの息子と健康ランドに行った時のこと。風呂に入っていたら、筋肉ムキムキマン達が数人入ってきまして。よ~く見ると、フランスのナショナルチームであのリネールもおりました。で、ちょっと父親の株を上げようかと思いましてね。

 篠原「OH! リネール! ボンジュール サバ!?」 湯煙の中でガバッと握手をかわし、息子にも『世界チャンピオンのリネール選手やぞ!』と紹介しました。すると、リネールも手を出して、後ずさりする息子と握手してくれました。

 篠原「息子よ! リネール選手はお父さんより大きいやろ! 見てみろ! この腕! この腹筋を!」

 モミモミ、ツンツン。

 篠原が妄想したリネールの心の声「あぁっ…シノハラ! 何すんネン、触るのやめてくれぇ!」

 息子の心の声「オトン何やってんネン、アホか!」

 リネール「see you tomorrow」

 のしのしと歩いて、その場を離れていくリネールを見て息子が言う。

 「ヤバイな! オトンとは違うな!」

 篠原「アホ! お父さんも現役の時は…」

 息子「ヤバイって! めちゃデカいって!」

 篠原「え? おい、息子よ! どこを見て…(汗)」

 篠原の心の声「俺、軽量級やんか(涙)」

 私と一緒で見た目は怖そうですが、礼儀正しく優しいリネール選手。私よりも柔道の成績も人間的にも身体も大きいリネール選手でしたね。

 篠原の心の声「俺も周りから大きいだけじゃなく優しそうな人に見られるようにしよ!」

 さて、本題。リネールは2007年の世界選手権で男子では史上最年少の世界王者となって以来、暴れまくってる男です。100キロ超級は世界選手権で8連覇中で五輪は12年ロンドン、16年リオと2連覇中。過去に対戦して勝った日本人は上川大樹(注:2010年世界柔道無差別級で優勢勝ち)だけで、かなりやられている。いずれもルールにやられたとか対策不十分だったとか言われてますけれど…、まぁ~執念深い私が現役だったら勝ってますけどね(多分)。だって、体力・技術がほぼ互角なら、勝ちたい気持ちが強い方が最後に勝つんやから!

 フランスの選手と篠原信一とくれば、2000年シドニー五輪決勝で僕と対戦したダビド・ドイエを覚えている方も多いでしょう。世紀の大誤審と報じられた決戦でしたが、ある意味、私が負けたのはその執念がなかったからだと思います(めっちゃ悔し涙)。

 フランスの最重量級を代表する2人と比べてみる。どちらに執念があるか。そういった意味では、ドイエの方が技術力はありましたが、一方でリネールはドイエ以上に勝ちたいという気持ちが強いのかなぁと感じられる。

 では、日本人がリネールに勝つためにはどうするか。はい。『もぅ~、お前とはやりたくない!』というくらい稽古で手合わせをすることが大事なんです。各国の有望選手が集まる国際合宿という場があって、そこでガンガンいくべきでしょう。『おい、篠原! 研究されてしまうではないかい!?』ですって? はい。お気持ちは分かりますよ。でもね、そんなん言ってる場合じゃないでしょ! 嫌がられてナンボっていう気持ちで稽古しないといけません!

 良き例を振り返ってみましょう。それは現役時代の篠原信一ですな。外国人選手と稽古する場合の鉄則は倍返し。1回投げられたら、5回投げ返すまで稽古をやめない。しつこく。するとその外国人選手は僕と稽古してくれなくなってしまう。稽古相手がいなくなってしまうから当時、斉藤仁先生(故人)が外国人選手にお願いをして『篠原と稽古してくれないか』とお願いにいってくれてましたが、それでも断られましたけど。だから、国際合宿の時は楽でした(ラッキー)。いえいえ、これはやはりセンスもなく努力してきた自分だからいえるんですけどね!(ま~ボクは努力の天才やったから!)

 で、リネールの話。身長200センチ超、体重約130キロと恵まれた体格を持っていて、以前は強靭な体力だけで戦っていた印象がありましたが、チャンピオンになる回数が増すごとに戦術面にも磨きがかかってくるようになりましたね。原沢久喜選手と対戦したリオ五輪の決勝では、とにかく勝つことを優先した戦い。原沢選手の良いところを潰すような内容でした。試合後、男子代表の井上康生監督が言ってました。『彼ほど臆病で繊細なチャンピオンはいない』と。

 篠原の心の声「ちょ、ちょ、ちょっと! 井上監督! 他にもいたでしょ! 臆病で繊細で豪快なチャンピオンが君の目の前に! ほら、この僕がぁ!」

 で、リネールの話。いい意味で石橋を叩きまくって渡るタイプの選手なんですよ。リオ五輪決勝の内容は原沢選手が有利な展開だったと思いますが、チャンピオンに勝つためにはちょっとやそっとの有利な試合内容では勝てないと思った方が良いと思います。投げることができなくても相手を圧倒するくらいの試合を展開しなくてはなかなか勝てません。『臆病で繊細なチャンピオン』に勝つためには積極的に攻め切る展開が必要でしょう。まず同じような展開になったら勝てません。ちなみに篠原信一は自分に合わせた試合を展開する相手は大好きでした。大きくてゆっくりした展開をする選手より小さくても激しく攻め立ててくる選手の方が苦手でした。例えば、今年の全日本選手権で活躍した90キロ級の加藤博剛選手(12年全日本王者)のようなタイプですね。

 以前、全柔連の山下泰裕会長と斉藤仁先生が『今、自分がリネールと戦ったらどうするか?』という話をしていたと聞きました。『リネールは圧倒的なパワーが印象的ですが、組手が上手い』とか。また右組や左組になった場合はと、リネールとの組手争いを想像したり、相四つやケンカ四つになったらどう対処するかなど。世界の山下と斉藤を熱くさせた選手なんだから、やはり日本柔道にとって最大の壁と感じましたね。ただ、その時に両先生方が『篠原だったら…』という話になったかどうかは不明ですが(笑)。

 今年9月のバクー世界選手権では、絶対王者のリネールは出場しないのではないかと聞いてます。日本からは原沢選手、小川雄勢選手が出場しますが、リネールのいない舞台できっちり優勝して2020年東京につなげてもらいたい。まずは同じチャンピオンとなって自信を持って2年後の本番で戦えるようにすることが大事。湯煙の中では自信を失った私ですが(汗)。

 ◆篠原 信一(しのはら・しんいち)1973年1月23日、神戸市出身。45歳。中学1年で柔道を始め、育英高、天理大を経て旭化成に入社。98~00年まで全日本選手権3連覇。99年世界選手権で2階級(100キロ超級、無差別級)制覇。2000年シドニー五輪100キロ超級銀メダル。03年に引退。08年に男子日本代表監督に就任し、12年ロンドン五輪で金メダル0の責任を取る形で辞任。

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