ロス五輪で「銀」を捨てた男・砂岡良治さん、今明かす胸の内

スポーツ報知
 ロサンゼルス五輪の競技終了後、銅メダルを手に笑顔を見せる砂岡さん(中央)

 84年ロサンゼルス五輪重量挙げ82・5キロ級で、一か八かの大勝負に出た砂岡(いさおか)良治さん(56)の姿は強烈だった。銀メダルを捨て、最終試技で成功すれば金メダルという選択に挑戦。失敗し、銅に終わったが、これが現在も日本勢男子最後のメダルだ。有力国のボイコットで突然の金メダル候補に祭り上げられ、重圧と闘う日々。「後悔していない」と語る34年前の五輪メダリストの胸の内に迫った。(編集委員・久浦 真一)

 その時、4000人を超す重量挙げ会場は大歓声に包まれた。「安全策の銀より、金メダルを狙う」。砂岡さんの大チャレンジに、観客は床を踏み鳴らし拍手を送った。優勝争いを展開したベケル(ルーマニア)が計355キロでトップ、カバス(オーストラリア)が同342・5キロで2位につけ、すでに試技を終えていた。

 最終試技を前にスナッチ(S)150キロ、ジャーク(J)は2本目までで190キロの計340キロ。83年の世界選手権でJは205キロを上げており、カバスを上回っての銀メダル獲得は難しくなかった。だが、砂岡さんが挑んだのは未知の重量207・5キロ。成功すれば金メダルだった。

 「よしっ!」と気合を入れ、バーベルを握った。肩まで上がった。立ち上がる。スタンドは騒然。だが、胸まで引き上げたところで落としてしまった。「肩まで上げたところで力を使い果たしてしまった。ドーンと(バーベルを)落とした震動は今でも鮮明に覚えています」と振り返った。「ロスでの1本目からすごく緊張した」と話す通り、S、Jともそれぞれ3本の試技のうち成功は1本ずつだった。

 前年の世界選手権では計365キロで4位に入っていた。「波に乗って、重量を全く感じなかった。(ジャークで)205キロも軽々と決められた」。自信をつかんでロス五輪への準備を進めていた84年5月、東欧などが五輪ボイコットを決定した。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、米国や日本、西側諸国が80年モスクワ五輪に不参加。その報復だった。重量挙げの強豪ハンガリー、ブルガリアなどもボイコットした結果、世界選手権のメダリスト全員が出場しなくなり、砂岡さんが金メダル候補となった。突然マスコミが騒ぎ立てるようになり、一気にプレッシャーが押し寄せた。

 「練習ではコーチの話が頭に入ってこなかったし、バーベルを上げるコースにも微妙にズレが生じ、練習もこなしているだけの感覚だった」。22歳で迎える初の大舞台。取り巻く環境の大きな変化に、ついていけなかった。ロス五輪から帰国後は祝勝会が続いたが、金メダルを取れなかった引け目から心苦しかった。

 88年ソウル五輪直前には自己ベストを更新するなど絶好調だったが、練習で無理をしてしまい腰痛を発症。6位に終わった。92年バルセロナ五輪はSで155キロを上げたものの、Jは195キロを3本とも失敗し、失格となった。

 「6本の試技を全部上げるという納得できる試合をやりたい、とバルセロナまで続けた。ただ、ロスの最後の試技は、この年になっても後悔は残っていません」と言い切った。砂岡さん以来、男子は表彰台に立っていない。「東京に出場する選手には、ベストを出して悔いのない試合をしてほしい。選手たちからプレッシャーという言葉も聞かないし、メダルが取れるところまで力はある」。自身以来36年ぶりのメダルに期待を込めた。

 ◆砂岡 良治(いさおか・りょうじ)1962年2月18日、栃木県出身。56歳。小山高から重量挙げを始め、インターハイを2度制覇。86年アジア大会優勝。全日本選手権は11度優勝。日体大などを経て、現在は栃木市教育委員会スポーツ振興課勤務。171センチ。家族は妻と1男。

 ◆スナッチとジャークの違い

 スナッチは床上のバーベルを一気に頭上まで上げて立ち上がる。ジャークはバーベルを一度胸上まで上げて立ち、その後一気に頭上に持ち上げる。

 ◆協議復帰も検討

 砂岡さんは現在、栃木市教育委員会のスポーツ振興課で、大会やイベントの企画、講演などを行っている。日本ウエイトリフティング協会理事を務めてきたが、「仕事との両立は難しい」と2年前に役職を離れた。4年後の栃木国体に向けて準備を進めているが、競技復帰も検討中。自宅に練習場所もあり「今は物置みたいになっているけど、やると決めたら本格的に練習したい」と笑った。

 ◆糸数三宅ら出場25日から全日本

 重量挙げの全日本選手権は今夏のジャカルタ・アジア大会選考会を兼ね、25日から3日間、金沢市で行われる。男子で注目されるのが、リオ五輪4位で昨年の世界選手権で銀メダルを獲得した62キロ級の糸数陽一(警視庁)。世界選手権69キロ級5位の近内三孝(自衛隊)、世界ジュニア2位の宮本昌典(東京国際大)らに期待がかかる。女子ではロンドン、リオ五輪連続メダルの48キロ級の三宅宏実(いちご)、リオ五輪53キロ級6位の八木かなえ(ALSOK)らが出場する。

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