流通経大・喜多総監督「世界初、70歳サブ3目指す」

2017年3月15日10時0分  スポーツ報知
  • 青梅マラソンで「戦友」の伊藤国光さん(左)と健闘をたたえ合った流通経大・喜多秀喜総監督(右)

 往年の名ランナーは、とうに還暦を過ぎてもなお元気だ。「走り込む日は30キロ、平均して1日12~13キロ走っています」。64歳の喜多総監督は若々しい表情で話す。

 1970年代後半から80年代前半にかけて、世界トップレベルだった日本マラソン界で、瀬古利彦、宗茂・猛兄弟、伊藤国光らと激烈な戦いを繰り広げた。しぶとい走りが持ち味だった。

 現役引退後の94年。帝京大から監督の誘いを受けた。福岡大出身の自身は箱根駅伝出場経験がなかったが、競技に対する真摯(しんし)な姿勢が高く評価された。98年に箱根駅伝初出場に導き、わずか3回目の出場の2000年にはチーム史上最高の4位まで引き上げた。

 05年に流通経大監督に転身。15年から総監督となった。「今は一歩、引いたところから選手を見ています。その分、自分の練習をしっかりやっています」という。2月19日の青梅マラソンにはゲストランナーとして10キロの部に参加。参考記録ながら男子60歳代の優勝記録(38分10秒)を大幅に上回る36分25秒でゴールした。1週間後の東京マラソン(同26日)には64歳の世界最高記録(2時間42分44秒)に挑戦。終盤に失速したが、それでも2時間55分8秒でサブ3(3時間切り)達成し、60~64歳の部で堂々の1位となった。「また来年、年代別の世界記録を狙います。世界初の70歳でのサブ3も目指しますよ」と笑う。

 昨年の箱根駅伝予選会で流通経大は10位の通過ラインから20分50秒遅れの23位。夢の初出場に向けて険しい道を走る学生に対して一言だけアドバイスを送る。「監督、コーチから走らされてはいかん。苦しくても自分で走るんだ」。喜多“走”監督は身をもって走ることの厳しさと喜びを教えている。(一部敬称略)

 ◆喜多 秀喜(きた・ひでき)1952年9月28日、佐賀・鹿島市生まれ。64歳。鹿島実高、福岡大を経て神戸製鋼に入社。日本が不参加だった80年モスクワ五輪の5000メートル、1万メートルで“幻の日本代表”。マラソンの自己最高は2時間10分30秒。92年に現役引退し、神戸製鋼監督に。94年、帝京大監督。2005年に退任し、流通経大監督に就任。15年から総監督。

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