【箱根への道】青学大の主将・安藤、引退し新たな道へ…目指すは「カリスマ営業マン」

2017年3月29日15時0分  スポーツ報知
  • 主将の安藤(右)とエースの一色は箱根駅伝優勝メダルとともに固い握手を交わした
  • 原監督にプレゼントされたハワイ卒業旅行を楽しむ青学大メンバー。ホノルルのタンタラスの丘で決めポーズ(青学大4年生提供)

 春、卒業シーズン。学生ランナーとしてトップレベルの1万メートル28分台の記録を持つ2人の選手は競技を引退し、新たな道を歩むことを決断した。箱根駅伝でV3&3冠のゴールテープを切った青学大の安藤悠哉主将はスポーツ用品メーカーのニューバランスジャパンに入社。ランナーとしての夢は盟友の一色恭志に託し、自身は「カリスマ営業マン」を目指す。創価大のセルナルド祐慈主将は地元の静岡・富士宮市役所に就職し、市民の健康のために働くことを熱望している。

 史上初の箱根V3&年度3冠同時達成という歴史的な優勝のゴールテープを切った瞬間、青学大の安藤は、その競技人生を終えた。「やり切りました。すべてが終わって寂しさも感じています」。そう話しながら、2か月半前の感動を静かに振り返った。

 出雲駅伝では5区区間新記録。全日本大学駅伝では主要区間の4区で区間5位。そして、箱根駅伝では最終10区を任され区間4位。学生3大駅伝にフル出場し、3冠に貢献した。1万メートルの自己ベストは28分49秒73。16年度の日本人学生ランク23位の実力者だが、卒業を区切りに競技から退く。

 理由の大きな1つは一色の存在だ。「一緒に練習していると強さがよく分かる。こういうヤツが世界を狙うんだ、と思い知った。だから、僕は新しい道を行こう、と思った」と明かす。複数の実業団チームから声がかかったが、丁重に断り、昨春から就職活動を開始。「思った以上に苦戦しました」と苦笑するが、秋にニューバランスジャパンへの入社が内定した。

 主将の安藤とエースの一色。高校時代は“複雑”な関係だった。安藤が愛知・豊川工3年になった12年春、宮城・仙台育英の一色、服部弾馬(東洋大)ら有力選手10人(男子7人、女子3人)が指導者の退任などを理由に突如、一番近くにある豊川に転校してきた。その年の全国高校駅伝県予選で豊川工は豊川に敗れ、15年連続の全国出場を逃した。その一方、豊川は全国初出場で初制覇。全国2位が最高だった豊川工をアッという間に上回った。対照的な高校生活の最後だった。

 13年春、2人はそろって青学大に進学。「それまで話したことはなかったし、最初、気まずかった」と一色。安藤も正直な思いを明かす。「最初からわだかまりや気まずさはなかったけど、本当に腹を割って話すようになったのは4年生になってからかな」。4年間、文字通り“同じ釜の飯を食った”2人は盟友となり、一緒に大学駅伝界最強チームを作り上げた。

 一色は学生最後のレース、びわ湖毎日マラソン(5日)で途中棄権。安藤は「一色は本当はもっと強い。ランナーとしての夢は一色に託した」と言葉に力を込める。その一色は「安藤が信じてくれることは僕の力になる」と表情を引き締めて話した。

 安藤の次の目標は決まっている。「ニューバランスでカリスマ営業マンになります。選手としての経験を生かし、選手から信頼される存在になりたい」。原晋監督(50)の中国電力サラリーマン時代の異名を挙げて笑顔で話した。

 びわ湖毎日マラソンでは一色の給水ボトルにチームメートが激励の言葉を書き込んだ。その中のひとつに「五輪はニューバランスで 安藤悠哉」というメッセージがあった。「すでに営業していますね」と一色はうれしそうに言う。

 「箱根への道」を走り終えた学生ランナーは、それぞれの道を走り始めた。「箱根からの道」の方がはるかに長く、勝負所だ。(竹内 達朗)

 ◆安藤 悠哉(あんどう・ゆうや)1994年11月21日、愛知・豊橋市生まれ。22歳。豊岡中1年から陸上を始める。豊川工では全国高校駅伝で2年6区3位。13年に青学大教育人間科学部に入学。箱根駅伝では2年時に10区2位で青学大初Vのゴールテープを切った。4年時も10区4位。1万メートルベストタイムは28分49秒73。177センチ、57キロ。

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