箱根の“元祖山の神”は日本の冬季五輪の“元祖”だった

2018年2月28日15時5分  スポーツ報知

 平昌で日本は冬季五輪史上最多の13個のメダルを獲得。今大会につながる始めの一歩をしるしたのは、箱根駅伝ランナーだった。

 90年前。日本は1928年サンモリッツ大会で冬季五輪に初出場した。当時の選手6人のうちのひとりは、第1~3回(20~22年)箱根駅伝に早大のエースとして出場した麻生さんだった。早大卒業後、ベルリン体育大に留学。ノルディックスキーでも才能を発揮し、サンモリッツ五輪では距離、ジャンプ、複合の3種目で日本代表に選ばれた。途中棄権や失格で、いずれも記録を残せなかったが、32年レークプラシッド五輪では日本代表監督を務めた。

 箱根駅伝では第2、3回大会で5区区間賞を獲得。第3回大会では早大初優勝の立役者となった。89年に関東学生陸上競技連盟が発行した箱根駅伝70年史では「応援団とかはなかった。箱根の山に入ると寂しくなって湯本の旅館の人たちが応援してくれましたね」と思い出を語っている。“元祖”山の神は、日本の冬季五輪の“元祖”でもあった。(太田 涼)

 ◆麻生 武治(あそう・たけはる)1899年11月21日、東京都生まれ。早大で箱根駅伝に出場。第1回は9区、第2回と第3回は5区で、いずれも区間賞を獲得した。卒業後はドイツに留学。登山家としても活躍し、1923年にはマッターホルンに日本人初踏破に成功した。93年5月30日、93歳で亡くなった。

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