【箱根への道】明大復活へ、山本佑樹新監督「タイムだけでなく勝負へのこだわり持たせる」

2018年4月25日12時0分  スポーツ報知
  • ストップウォッチを手に指導を行う明大・山本監督(カメラ・清水 武)

 紫紺復活へ、新生・明大が走り始めた。コーチから昇格した山本佑樹新監督(40)は実業団の旭化成でも選手、コーチとして豊富な経験を積み、復権へ“タフな選手”の育成をポイントに挙げる。瀬古利彦氏とともに男子マラソン界のビッグ3と呼ばれた宗茂・猛兄弟の下で培ったノウハウと、スーパーバイザーに転身した西弘美前監督(65)から託されたタスキを胸に、再びの箱根路を目指す指揮官が思いを語った。

 10年ぶりに明大不在の箱根路が終わり4か月近くたった。昨春、コーチとして招聘(しょうへい)された山本監督にとって、変化の多い1年だった。

 「昨年までは(前監督の)西さんが上のチームを見て、僕がB、Cチームやけが明けの選手を見る感じだったので、全体というよりはスポットで見ていた。監督になると、どうしても全体を見ないといけない。見る範囲はだいぶ広がりましたね」

 日大時代は箱根駅伝に2度出場し、2区で4位、6位と活躍し、実業団の旭化成に進んだ後も選手、コーチとして経験を積んだ。特に監督だった宗茂・猛兄弟に学ぶことは多かったという。

 「2人ともAB型なんですけど、B型寄りで天才肌の茂さんと、A型寄りで理論派の猛さん。スタイルの違う指導は僕の引き出しも増えましたし、世界を経験したからこそ伝えられるノウハウは何物にも代えられない」

 現役時代には40キロ走を1日2本こなすなど豊富な練習量で知られる宗兄弟。走り込みを重要視しつつ、現代の科学的なトレーニングを取り入れた。山本監督がコーチ時代にスカウトした村山謙太&紘太(25)や市田孝&宏(25)の“Wツインズ”らを中心に今年1月のニューイヤー駅伝では連覇を果たした。

 「宗兄弟が強くなったトレーニングに加え、僕もいろいろな考えを伝えて練習に反映させてきました。特に茂さんは感覚を大事に指導される方。高卒の選手もいますし実力もバラバラなチームなので、かみ砕いて選手に提示したりしましたね」

 実業団での指導を経て大学のコーチ、監督と段階を踏んだ。選手を強くすること以上に、念頭に置いていることがあるという。

 「学生ですので、社会に出てきちんとやれるというのが大前提。きちんとした土台作り、生活から見直してタフさを身につけてほしい。今は4年生が主体となってミーティングを重ねていて、いい雰囲気だと思います」

 明大は12年3位、15年4位と上位争いを続けていたが、16年に14位でシード権(10位以内)を逃すと、17年も18位と浮上のきっかけをつかめなかった。昨年の予選会は13位で落選。チームの1万メートル平均タイムは常に上位にあり、優勝候補に挙げられながら勝ち切れないもどかしさを感じていた。

 「そのあたりも、チームとしてのタフさが問われると思うんです。中間層というか、B、Cチームの選手の弱さなのかな。勝負へのこだわりを持たせたい。負けたけど自己ベストだから良かった、ではなくて、良い勝負をした結果良いタイムなのが理想」

 箱根路で重要視する往路、特に自身が走った2区へのこだわりは強い。近年は5区で勝負が決する場合が多いが、選手個人の未来も見据えている。

 「OBで言うと鎧坂(哲哉、現旭化成)のように、あのコースをきちんと走れる選手は世界で戦える。エースをエース区間に配置して勝負させたい」

 そのエース格が主将に就任した坂口裕之(4年)だ。1万メートル28分35秒47はチームトップ。昨年の予選会は当日に体調不良で棄権とアクシデントに見舞われたが、今季は順調に練習を積んでいる。

 「やはり坂口が中心ですね。落ち着いた性格なので練習も背中で引っ張れますし、走りもクレバー。今年は勝負も記録も求めていきたい」

 指揮官は4月の冷たい雨に打たれながら、練習を見つめた。正式な就任から3週間あまりとは思えないほど、チーム全体が一つの生き物のようにまとまり、動く。準備は万全。復活の足音は、すぐそこまで聞こえている。(太田 涼)

 ◆明大競走部 1907年創部。20年の第1回箱根駅伝に出場した4校のうちの1校で「オリジナル4」と呼ばれる伝統校。箱根駅伝出場は歴代10位の59回。優勝は歴代6位の7回。全日本大学駅伝は最高2位(2014年)。出雲駅伝は最高7位(11、13年)。タスキの色は紫紺。明大を含め早大、慶大などの伝統校は「陸上競技部」ではなく「競走部」を正式名称としている。

 ◆山本 佑樹(やまもと・ゆうき)1977年7月10日、静岡県生まれ。40歳。常葉学園橘高から日大に進み、97年日本インカレ1万メートル優勝。箱根駅伝は2年2区4位、3年2区6位。2000年に卒業し、旭化成に入社。06年に引退してコーチに就任。17年に明大コーチに転身し、今季から現職。

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