【箱根への道】東海大に22歳新入生・阿部…諦めた進学、社会人で学費貯め2度目受験で合格

2018年5月9日12時10分  スポーツ報知
  • 22歳のオールドルーキー・阿部歩は念願の東海大ジャージーを着てガッツポーズ(カメラ・太田 涼)

 4年遅れで東海大に入学したオールドルーキー・阿部歩(22)が不屈の精神を注入する。豊川工を卒業後、経済的事情で進学を断念。一度はあきらめた箱根への道だったが、走りへの情熱を捨てきれず挑戦を決意した。唯一の一般入部生としてエリート集団で高みを目指しながら、2人の恩師の背中を追いかける。

 22歳。本来なら大学を卒業して迎える4月に、阿部は“大学デビュー”を果たした。「やっとここまで来たか、という感じですね。長かったような、短かったような…」と、しみじみと4年間を振り返った。

 愛知の名門・豊川工出身で、渡辺正昭監督(55、現日体大監督)の指導を受けた。全国クラスの実績こそないものの、5000メートル14分38秒55と走力は十分。3年時には東海駅伝5区で区間賞を獲得するなどロードでの安定感にも定評があった。「当時も入学した時は実力的には下の方。でも、強くなりたい一心で必死に食らいついて練習しました」。1学年上には後に早大駅伝主将を務めた平和真(現カネボウ)や箱根駅伝で青学大のアンカーとして2度ゴールテープを切った安藤悠哉らがおり、激しい競争の中で力をつけた。

 経済的な事情で大学進学を断念し、卒業後はトヨタ自動車の期間従業員として品質管理部に配属された。「高級車のレクサスなど、傷やへこみがないか最終チェックする部署。僕らの目を過ぎると出荷されるので責任重大でした」。1週間ごとに朝番(9時~17時)と遅番(17時~1時)を交互に繰り返す勤務形態だったため生活リズムが安定しなかったが、仕事後を中心に深夜でも走り続けた。働き始めて2年目の冬、陸上への思いを捨てきれないことに気づいた。「就職した時は(競技を続けることを)半分あきらめてたんですよ。でも社会人として走ろうって思っても、どこでどう頑張っていいか分からなかった。いろんな道を考えましたけど、1周回って原点に立ち返りました」

 2年間勤めたトヨタ自動車を退社し、2016年4月から本格的に受験勉強を始めた。苦手な英語は塾に通い、得意な数学は独学で学んだ。練習も朝と夕方に行い、自己記録には及ばないまでも5000メートル15分台前半まで走力を戻した。だが、昨年に受験した東海大は不合格だった。「本当は去年入りたかったんです(笑い)。勉強も陸上も甘くないですね」と現実を受け止め、メゲずに学び続けた。社会人時代にためた数百万円をはたいて夢を追い続ける姿に、両親も「やるからには、とことんやっておいで」と精神面でもサポートした。ようやく今年、東海大の門をくぐった。

 5000メートル上位5人の平均が13分42秒77というエリート集団。しかも唯一の一般入部生として不安もあるが、「高校時代も、はい上がれた。今は実力的に一番下だけど、『箱根を走りたい』って胸を張って言えるように頑張りたい」と迷いはない。両角速(もろずみ・はやし)監督(51)も「今の学生にはない根性、しぶとさを持っている。チームに強さを与える存在になってほしい」と、その生き様にも期待を寄せる。

 豊川工時代は人間教育に重点を置いた渡辺監督の下で、今季からは大迫傑(26)=ナイキ・オレゴンプロジェクト=らを育てた両角監督の下で走り続ける。「いつか指導者として陸上に携わるのが夢」。箱根への挑戦だけではない大きな夢に向かう4年間が、幕を開けた。(太田 涼)

 ◆けが以外にも悩み「敬語やめてください」

 左ひ骨を痛めて現在別メニューで調整している阿部だが、けが以外でも悩みがあるという。「先輩方には『敬語はやめてください』って言ってるんですけど…。あくまで僕は1年生なので」。名前も「阿部さん」と呼ばれるそうで「なんか固いんです(笑い)」と少し距離を感じている。唯一「阿部ちゃん!」と気軽に話しかけてくれるのは「阪口(竜平)さん(3年)だけですね」。一日も早くチームに溶け込むことが目標だ。

 ◆箱根駅伝で活躍した社会人経由の主な選手

 ▽小出義雄(79) 千葉・山武農卒業後、家業の農業に従事。3年後に順大入学。箱根駅伝には3回出場した。卒業後は千葉で教員を務める。88年に実業団の監督に転身し、女子マラソン選手を育成。92年バルセロナ五輪銀、96年アトランタ五輪銅の有森裕子や00年シドニー五輪金メダルの高橋尚子らを指導した。

 ▽大八木弘明(59) 福島・会津工卒業後、小森印刷(現小森コーポレーション)入社。6年後に駒大入学。箱根駅伝には3回出場し区間賞2回。卒業後、ヤクルトを経て95年に駒大コーチに就任。04年から監督。指導者として学生3大駅伝で最多の21勝を誇る。

 ▽只隈伸也(54) 福岡・八幡大付高(現九州国際大付高)卒業後、電電九州(現NTT西日本)入社。2年後に大東大入学。箱根駅伝には4回出場し区間賞1回。ヤクルトで活躍した後、大東大のコーチ、監督を務めた。

 ▽渡辺和也(30) 兵庫・報徳学園高卒業後、山陽特殊製鋼、四国電力、日清食品グループと強豪実業団を転々とした。11年日本選手権5000メートルで優勝し、同年の韓国・大邱世界陸上に出場(予選落ち)。17年4月に東京国際大へ入学。1月の箱根駅伝では7区7位。

箱根駅伝
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