現役最古参46歳力士引退、料理の「腕は相撲界一」序ノ口・北斗龍が勝ち越しで土俵に別れ

2017年3月24日11時34分  スポーツ報知
  • 2日目、46歳の北斗龍(向こう)は昇富士をかわし、勝ち星を挙げた
  • 現役最後の取り組みを終え、同じ北の湖部屋出身のプロレスラー、ドン・フジイから花束を受け取る北斗龍(カメラ・豊田 秀一)
  • 現役最後の相撲で、伊藤を上手出し投げで下し、4勝3敗と勝ち越した東序ノ口3枚目・北斗龍

 現役最古参、46歳の力士が土俵を去る―。大相撲春場所13日目で、東序ノ口13枚目・北斗龍(山響)が西同4枚目・伊藤(八角)を下して4勝3敗と勝ち越し。最後は豪快な上手出し投げで白星をもぎ取り、1986年春場所の初土俵以来通算32回目となる大阪の土俵を最後に現役に別れを告げた。

 この日の取組を終えると、元北の湖部屋の力士で力の海のしこ名で活躍した2場所後輩のプロレスラー、ドン・フジイ(46)や角界に残る同期生らが出迎え、花道で花束を渡された。「疲れたね(笑い)。悔いなくやろうと思ったんですよ。31年の土俵人生? 長いねえ、この世界しかしらないからね」。最初は笑顔で言葉を並べていたが、涙がこぼれ落ち始めたのは2015年11月に亡くなった先代師匠の北の湖前理事長(享年62)について語り出したときだ。「いいこと、悪いことがあったけどね。一番は理事長と知り合ったことかな。オヤジの弟子だというのがね、それにつきますね」

 年齢では同学年の西序二段60枚目・華吹(はなかぜ、立浪)の誕生日が早く現役最年長ではないが、31年前の春場所が初土俵の同期同士。現在最も長く相撲界にいる力士だ。今年初場所で初の7戦全敗。東三段目53枚目が最高位だが、1勝もできなかったのは力士生活で初めて。「体がもてば一日一番と思っていたけど、やっぱりダメだったね。気持ち的に」と引退を現実に意識したという。引き際に関しては北の湖前理事長への誓いもあった。

 「先代のおかみさんに『理事長の定年までいますよ』と約束していたんです。でも定年前に亡くなったんだけど、すぐには辞められない。『一周忌までは間違いなくやります。だけど、その先は気持ち、体の状態次第になります』と言ったんです」

 2014年春場所後に糖尿病を患い壊死(えし)した左足親指を切断。翌夏場所で休場するまで関取未経験者では最長の1169回の連続出場記録を持つ。初土俵から通算186場所は史上1位。「ようやったよね、ここまで。他の部屋だったらいられなかったでしょ。『もういいんじゃないの』って」。30年以上もの長い間、力士であり続けられたのは「オヤジが師匠だったから」と北の湖親方の懐の深さを強調する。

 部屋のちゃんこ長として昭和の大横綱の“胃袋”を長年、支えてきた。よく作ったのは湯豆腐。「オヤジが大好きでね。鶏肉のセセリ(首の部分)とモツで食べる。新弟子の頃、よく食べたみたいで『食べたい』っていうから、『じゃあ作りますよ、オヤジ』ってね」。酒豪で知られた北の湖親方は冷やし中華も好きで、具材なしの麺だけのものを冬でも作ると、それをつまみに飲んだ。

 ボウルいっぱいの炒飯もほとんど平らげ、「『お前らはメシ弱いな。オレは一升食べても腹減っていたぞ。食べてるそばから腹が減っていたんだ』と言われて、『はあ、すいません』と言うしかなかったですよ」。同期で現師匠の山響親方(元幕内・巌雄)が、「腕は相撲界一じゃないかな。あり合わせの材料でも絶品の品を作る。この道、30年のキャリアだからね」と証言する腕前で師匠の希望の品を食卓に並べてきた。

 1985年12月に創設された北の湖部屋で最初の新弟子でもある。故郷の北海道・函館市での中学時代は柔道経験があり、「地元のスポーツ紙に載ったら、オヤジが迎えに来た。大横綱が来たら断れない」と入門を決めた。

 「高校に行けたらいったかもしれない。でも世界が全然違うよね。厳しいけどやるしかなかった。この世界はちゃんとしていれば、出世できなくても周りが『しっかり面倒みてやろう』ってなる。いい加減にしてるやつは『辞める? なら辞めなさい』ってなる。最後は周りが見てる」

 この言葉を証明するかのように場所後は新天地を福岡に求める。知人に誘われ、福岡市内などで3店舗を経営するからあげ店で腕を振るう予定だ。「前から声をかけてくれていて、1月を過ぎても、『来るなら来るか?』と。じゃあいきますと話がまとまった。ありがたいですよ。オレもちょっと、表(世間)に出ないとね」。千秋楽でまげに別れを告げて、丸山定裕としての人生を歩み始める。新横綱・稀勢の里が日本中の注目を浴び、新優勝へ突き進む華やかな土俵の脇で、生き字引が確かな足跡を残して静かに去る。

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