記憶障害も若貴との激闘は忘れず…史上初の外国出身横綱・曙<1>

スポーツ報知
入院中の曙(中央)に付き添う(後列左から)長男・コーディーさん、クリスティーン夫人、次男・カーナーさん

 史上初の外国出身横綱として大相撲の歴史を変えた第64代横綱・曙太郎(49)。平成の初頭、若花田(のちの横綱・3代目若乃花)、貴花田(同横綱・貴乃花)の若貴兄弟フィーバーで大相撲は空前のブームに沸いたが、その渦中でひとり横綱を11場所務めたのがハワイ出身の曙だった。2017年4月に急性心不全を患い、現在、入院生活を余儀なくされている。記憶障害という後遺症に悩みながらも、横綱時代は忘れていなかった。曙とともに記憶をたどりながら「あの時」に迫る。

 都内の病院でリハビリに励む曙を見舞った。車イスを自分の手で押してゆっくり進む。上体をつり下げてもらっての歩行訓練。記憶障害が残っているというが、横綱時代の番記者を忘れていなかった。あの時代を思い出すまま話していくと「懐かしい」「覚えてる」と笑顔を見せた。大きい声で身ぶり手ぶり質問していくと、長い返答にはならないが、付き添っている愛妻・クリスティーン麗子(47)が英語を交えてアシストしてくれ、会話することができた。

 横綱時代を振り返る前に、その身に何が起きたのか記すことを避けて通るわけにはいかない。昨年4月、体調不良のままプロレスの九州巡業に。4月11日に福岡・大牟田市での試合後にホテルで胸が苦しくなり、翌12日朝、車で病院に行き、自分の足で診察室に入ったが、治療中に意識を失った。心不全で、心臓が37分間停止する重篤な状況に陥った。

 ハワイに留学している長女・ケイトリン麗奈(20)が緊急帰国し、長男・コーディー洋一(18)、次男・カーナー大二(15)ら家族の看病で意識が回復したのが4月25日。結婚記念日の2日前だった。5月18日から19日にかけて、九州から陸路、東京の病院へ2日かけての大移動。この時はケイトリンの誕生日だった。

 210キロあった体重が、一時は130キロまで減った(現在は150キロ)。記憶はあいまいに。そして歩くことを忘れたかのように、足が動かせなくなった。当初は2人の息子を、自分の2人の弟、ジョージとランディだと勘違いしていた。クリスティーンはそれがショックだったが、少年に戻ったかのようなチャド(曙の米国名)を成長(回復)させることが妻の役割だと感じるようになった。大きな息子が1人増えたと思えば、明るい気分になれた。

 昨年、4月27日に結婚20周年を迎えた曙夫妻(披露宴は10月3日)。20年前、曙からクリスティーンへのプロポーズの言葉は「How would you like to spend the rest of your life with me?(残りの人生をボクと過ごさないか)」だった。21年目からの人生も答えは「Yes!」だ。

 「ここ何年かのプロレスのことは覚えてないんです。でも相撲のことは本当に懐かしんでます。強かった時代の話をしてあげてください」とクリスティーン。右往左往したプロレス時代は、無理をして思い出さなくてもいい。この連載で、曙が元気になれる、横綱としての記憶を呼び覚ましていくことにしよう。=敬称略、<2>につづく=(酒井 隆之)

 ◆曙太郎(あけぼの・たろう) 米国名はローウェン・チャド・ジョージ・ハヘオ。1969年5月8日、米ハワイ州オアフ島生まれ。49歳。元関脇・高見山の先代東関親方にスカウトされ、88年春場所初土俵。90年秋、新入幕。92年夏場所後に大関、93年初場所後に横綱に昇進。96年に日本国籍取得。2001年初場所後に引退。優勝11回。K―1参戦のため03年11月に日本相撲協会退職。プロレスでは3冠ヘビー級王座を奪取した。

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