御嶽山噴火から1年…山小屋支配人が改めて語った恐怖

2015年9月26日6時0分  スポーツ報知

 死者58人、行方不明5人と、戦後最悪の火山災害になった御嶽山(おんたけさん、長野・岐阜県、3067メートル)の噴火から27日で1年となる。噴火直後、山頂近くの山小屋「二ノ池本館」(標高2905メートル地点)の支配人・小寺祐介さん(35)は巨大な噴煙が立ち上る中、避難してきた51人の登山客を、約500メートル下った9合目の山荘へ無事誘導した。「よく生きて帰ることができたと思う」と極限状態だった当時を振り返った小寺さんは今年、御嶽山に戻り、別の山小屋で働いている。(江畑 康二郎)

 「ここに来ると、あの日の恐怖がまざまざとよみがえってきます」。今月19日に入山規制が解除された、御嶽山9合目の「石室山荘」に設置された、噴火災害の犠牲者に捧(ささ)げる献花台の前で、小寺さんは静かに手を合わせた。

 1年前の9月27日は朝焼けが美しく、紅葉シーズン真っ盛りだった。多くの観光登山客でにぎわう中、午前11時52分ごろ、音もなく噴火した。数分後、「うわーっ」と約30人の登山者が山小屋に駆け込んできた。約1キロ先の頂上付近から噴煙がモクモクと立ち上ぼり、青空が見る見るうちに小さくなった。小寺さんは、大声で避難を呼び掛け、51人の登山者にヘルメットとマスク代わりのタオルを配り「ここは安全ですから」と励ました。

 3回噴火したという。噴石が屋根に「ガンガン」当たり、目の前の池に落ちては、大きな水柱が上がった。トイレから「ドーン」と音がして、重さ7キロの石が屋根を突き破った。十数分後、外は灰に覆われ暗闇に。激しい雷雨が降り始めた。「本当に全員無事に、下山させられるのか」。避難者に見られぬよう食料庫で震える足を叩き、自らを鼓舞した。

 「出るべきか。とどまるべきか」。運命の選択を迫られた。12時35分ごろ、雨で空気中の火山灰が薄まり、視界が少し開けた。「ここにいてもいずれ(毒性の)火山性ガスでやられる。避難するなら今しかない」。雨と噴石の音がやんだ瞬間に、下山を決断した。

 外は、呼吸するのも困難な「灰色の世界」。10センチ近く積もりぬかるんだ火山灰に足を取られぬように、急斜面を約500メートル下った。噴石が落ちてこない9合目にたどり着くと、ようやく登山者は安堵(あんど)の表情を浮かべた。全身灰まみれだったが、けが人はいなかった。登山者の下山は、他のスタッフに任せ、小寺さんは「まだ避難してくる人がいるかもしれない」と、日が暮れるまでその場に残り下山した。

 災害から1か月間、「火砕流に巻き込まれる」悪夢に何度もうなされた。それでも、今年、地元の石川県金沢市から御嶽山に戻った。「当時を知る人間が、語り継いでいくべき」。7月1日の山開きから8合目の山小屋を手伝い、山のパトロールを行っている。「二ノ池本館」は入山規制1キロ圏内だが、スピーカー設置、屋根の強化など防災対策を施し、来年の再開を待つ。

 9合目の献花台の後ろには、登山者51人を避難させた登山道がある。今も固まった火山灰が所々を覆い、噴煙のすさまじさを物語っている。小寺さんは「まだ5人の行方が分からず観光という気持ちにはなれませんが、これからも山小屋の支配人として責任を果たしていきたい」と力を込めていた。

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