【有森裕子コラム】今年の流行語に「死ね」果たして健全か

2016年12月11日15時0分  スポーツ報知

 年の瀬が押し迫る中、今年の新語・流行語大賞が「神ってる」に決まりました。25年ぶりにプロ野球でリーグ優勝を果たした広島カープ。その快進撃もさることながら、最も驚いたのは寡黙な印象の緒方孝市監督が「神ってる」と今どきの言葉を使っていたことでした。

 今年最も「神ってる」と私が感じたのは、リオ五輪で男子卓球の水谷隼選手がシングルスで日本初となる銅メダルを取った瞬間でした。女子ばかりが注目される中、4回戦敗退だったロンドン五輪の雪辱を果たしました。目の覚めるようなラリーの応酬に、テレビの前で興奮して何度も叫び、3位決定戦を制し大の字になった水谷選手に目頭が熱くなりました。

 しかしながら、「流行語ベスト10」の中には気がかりな言葉もありました。「保育園落ちた日本死ね」です。待機児童問題は深刻化し、特に今年はクローズアップされました。女性とみられる方がブログに書き込んだ文章が話題になりましたが、この言葉が全国的に流行(はや)ったのでしょうか。そもそも「死ね」という言葉が流行語として認定されることが健全といえるのでしょうか。

 ある選考委員は「問題を喚起するものとして選んだので、言葉として『好きだ、嫌いだ』『過激だ、穏やかだ』といった観点はない」と話しました。でも流行語として見た子どもたちが、どんな思いを抱くでしょう。授賞式で笑顔を浮かべていた国会議員や、選考基準の理解に苦しみます。

 私は、1996年のアトランタ五輪で銅メダルを獲得した後のインタビューで「自分で自分をほめたい」と語り、流行語大賞を受賞しました。フォーク歌手の高石ともやさんが書いた、大好きな詩の一節を引用したものです。社会の役に立ったかは分かりませんが、「感動しました」と多くの声をいただいたことがうれしかった。流行語は、その年の世相を映す言葉。もちろん、本当に流行ったものであれば、何であれ仕方ないと思うし、すべてを規律正しくとは言わない。ただ選考の際、その言葉がどんなイメージを人に与えるかということを想像して選んでほしい。

(女子マラソン五輪メダリスト)

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