【BOOKセレクト】沼田真佑著「影裏」第1作が芥川賞

2017年8月13日10時0分  スポーツ報知
  • フェイスブックやツイッターなどのSNSはやらないという沼田真佑さん。「携帯が変わってもあまり友達に知らせたりしないので(受賞後は)実家にばかり電話が来てしまいます」(カメラ・泉貫太)

 第157回芥川賞受賞作となった沼田真佑さん(38)の「影裏(えいり)」(文芸春秋、1080円)は、木々や川の彩りなどの自然を繊細に描写しつつ、東日本大震災を交えて人間の内面からの崩壊を描いた作品だ。発表第1作目で純文学新人賞の最高峰に輝いたが、沼田さんの心境や生活には、さほどの大きな変化はない。小樽で生まれ、青春時代を過ごした博多で文章を書く楽しみを覚え、たまたま盛岡に住むことになったという沼田さんの生き方は、何ごとにも執着しない、自然体そのもののようだ。

 作家としては、まだ1作しか書いていない沼田さんに芥川賞を贈るべきか、否か。選考会は紛糾した。選考委員の作家・高樹のぶ子氏(71)によれば、ほとんどけんかに近い状態になったという。

 「3・11を踏まえて人間の内側と外側の崩壊というテーマで書いたものに触れたのは初めて。自然描写が非常に優れていた。この人は(作家として)やっていける」と強く推す高樹氏と「物語が完結していない」「絶対に書いていけない。これでおしまいだ」と突っぱねようとする反対派が真っ向から対立。最終的には多数決で賛成派が過半数をとっての受賞となった。受賞発表会見でその経緯を聞かされた沼田さんは「そうなんですか」と淡々と受け止めた。

 「どのような意見も、その通りだと思います。後で精神的に来るでしょうけど今はありがたいと思っています。わざわざこんなものを読んでいただいて…」

 作品の舞台は沼田さんの現在の生活圏である岩手県。30代の独身男の主人公が会社の出向で移り住んだこの地で、ただひとり心を許したのが「何か大きなものの崩壊に脆(もろ)く感動しやすくできていた」という同僚の男「日浅」だった。繊細に描き出された自然の中でともに釣りをし、酒を飲み合う2人。どうやら主人公は性的マイノリティーらしい。やがて疎遠となった「日浅」への募る思いは友情なのか、恋慕なのか。これが大震災を素材に人間の内面を描いたことに合点がいくのは、終盤に入ってからだ。

 「他のもの(大震災以外)を書きたくても、一回は、いや一回といわず書かないと他のものが軽薄になるという思いがあった。自分も岩手に住んでいますし、禊(みそ)ぎみたいなつもりで書いた面がないことはないと思います」

 文学への関心のきっかけは博多で過ごした高校時代に触れたビートルズやローリング・ストーンズといった洋楽の歌詞。それが詩への興味につながり、ボードレールやランボーの詩集に触れた。自身も詩作を始め、大学時代には繁華街・中洲の路上でギターを持って詩の朗読をする年上の人たちと交流したりしたこともあった。小説を「遊びで」書き始めたのは大学を卒業して、博多で塾講師をしていた24歳の頃だった。

 「10歳ぐらいから芥川龍之介の『河童』とか『杜子春』とかは好きでした。文体に(心を)打たれたとかではなくて、面白いな、と。そんなに(将来作家を目指すような)自覚はなかったですね」

 岩手に移り住んだのは、震災翌年の2012年4月。博多での塾講師の仕事を辞めたくなり、両親の自宅へ転がり込むのが目的だった。雪かきを手伝ったり、日雇いの仕事をしたりしながら盛岡市で進学塾での講師も再開した。そんな生活の中で「自然に書けた」という一編が、受賞作となった。塾講師は現在休職しているが、塾の窓ガラスには「沼田先生」の受賞を祝う紙が貼られていた。

 「大都会ではないので、(受賞が)すごく話題になっているんですよ。今(塾に)ノコノコ行くとすごく迷惑かかるんですね。授業とかでも(生徒に)『岩手から出て東京に住んだほうがいいよ』とか言っていたのに『岩手の旗手』みたいになってしまってますから。そんなに岩手にゆかりはないんですけど…(苦笑)」

 記憶をたどってもスポーツや学芸会などで「賞」と名が付くものをもらった覚えはなく、幼稚園の頃の「よい歯のコンクール」以来となるのだそうだ。

 「自分が(何かの賞を)欲しいとかはなかった。賞をもらっている人がうれしそうだというのは思いましたね。うらやましいというのとは、ちょっと違うけど。非日常のものだな、というかっこ良さは感じていました」

 「よい歯のコンクール」以来三十数年ぶりにもらってしまった賞は、なかなか重たい。これからは「芥川賞作家」の肩書がついて回ることになる。

 「書きたい意欲はあるんです。ただ今までは趣味として、瓶の中に船を作るのとかと同じ感覚で楽しみとして小説を書いていたんで。(これからは)商品になるかならないか、ということになる。ニーズがなくなったらさっさと廃業して何かしないと、とは思っていますけど、趣味では70、80歳になっても書いていると思います。ひょっとしたら俳句とか漢詩に行くかもしれませんが」

 受賞後第1作として「文学界9月号」に「廃屋の眺め」を掲載した。受賞作で「3・11」「東北」と付きそうなイメージを払拭するかのように、舞台もテーマもガラリと変わった短編だ。

 ◆沼田 真佑(ぬまた・しんすけ)1978年10月30日、北海道小樽市生まれ。38歳。神奈川、千葉、埼玉などで育ち、中学生の時に福岡県に移住。西南学院大商学部卒。卒業後、福岡市で塾講師を務める。2012年より岩手県盛岡市在住。「影裏」で文学界新人賞受賞。

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