【有森裕子コラム】五輪の意義を改めて考える時期 総選挙は国民を置いてきぼりにしている気が…

2017年10月8日12時0分  スポーツ報知

 先月の上旬は、スイスへ行ってきました。プライベートの“夏休み”のつもりでしたが、途中3日間ほど、ローザンヌにある国際オリンピック委員会(IOC)に顔を出しました。

 現地では五輪博物館を訪問したほか、幾つかの会議にも出席しました。2020年の東京五輪・パラリンピックへの考えについてヒアリングをしたほか、IOCの「スポーツと活動的社会委員会」に所属していることもあり、スポーツの社会貢献などについても意見交換をしてきました。

 話を聞く中で感じたのが、五輪の意義を改めて考えなければいけない時期に来ているということです。五輪は、社会に対して何ができるのか。20年までの3年間、そして大会後も持続可能な社会をどう作っていくのか。私も委員会で提案ができるよう、もっと勉強していかないといけないと思います。

 そんなことを考えながら帰国すると、いつの間にか解散総選挙という流れに。先月28日の解散前後からの報道を見ていますが、単なる政党同士の争いになっていることを強く感じます。もちろん、議席を取らなければ何もできませんし、「まずは相手に勝つこと」が重要であることは分かっていますが、ちょっと寂しい気がしますね。社会をいい方向に導いて幸せにするためにどうするか、ということを忘れ、国民を置いてきぼりにしている気がするのです。

 国民は、投票した政治家が公約として約束したことを1つでも2つでも実現してくれることを望んでいます。一番ダメなのは、ウソをついて不安、不信を感じさせてしまうこと。一度崩れた信頼は、取り戻すのには時間がかかります。

 東京五輪・パラリンピックも同じだと思います。アスリートはもちろん、IOCをはじめとした関係者が、世の中に対して何ができるのか。それを考えれば考えるほど私自身、甘さを感じてしまい、「自分磨きをしなければ」と改めて気付かされました。(女子マラソン五輪メダリスト)

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