【東京ドーム30年】元年開幕2戦目にガリクソンで初勝利

スポーツ報知
1988年4月10日付「報知新聞」1面

 日本初の全天候型多目的スタジアム、東京ドーム(東京・文京区後楽)が今年30周年を迎えた。1988年3月17日にオープニングセレモニーが行われ、翌18日に巨人・阪神のオープン戦がこけら落としイベントとなった。今年は20日に巨人・日本ハムのオープン戦が行われ、巨人・上原の日本復帰登板に4万6297人の観衆が詰めかける盛況となった。東京ドーム30年の歴史をスポーツ報知の紙面で振り返る。

 ◆1988年4月10日付1面

 東京ドーム元年(1988年)のプロ野球開幕戦は、4月8日の巨人・ヤクルト戦(夜に日本ハム・ロッテ戦)だったが、巨人は記念すべき開幕戦でヤクルトに2-4で敗れた。先発の桑田真澄は7回途中KOで敗戦投手となった。6回にクロマティの1号ソロが飛び出したが、これは記念すべき東京ドーム第1号にならなかった。ヤクルトのデシンセイが、2回に桑田から左翼席へ弾丸ライナーを決めていたのだ。

 雪辱を誓った翌9日の開幕2戦目の同カード先発は、メジャーリーグで101勝をあげた、新助っ投のガリクソン。2回にまたしてもデシンセイに2号をソロを浴びたが、そこからが反撃だ。5回に中畑清が無死満塁から逆転の2点二塁打、さらに8回には原辰徳が1号満塁弾を決めた。記念すべき東京ドームの満塁本塁打1号は若大将だったのだ。

 翌10日の報知新聞1面は「ガリー 3安打 熱勝」「爆発9点 巨人スカッと“開幕”」「中畑逆転V打 出た1号満塁弾 原」と景気のいい見出しが躍った。ガリーの3安打というのは被安打のこと。9回を投げ切って2失点7奪三振の完投勝利だった。原の満塁アーチは3面で、同じく満塁でV打の中畑と2人セットの記事になった。歴史を今、振り返れば、「原満弾」だけで1面でもよかったはずだが、当時は新外国人の初勝利の方が、価値があった。シーズンは始まっており、東京ドームの初モノという話題は、二の次。だからこそ、今、振り返って光を当てる価値があるのだった。(資料探偵・酒井 隆之)=随時配信=

野球

×