原田マハさんが描いた、ゴッホと名画を導いた日本人画商との邂逅

2017年12月2日12時0分  スポーツ報知
  • 「タイムマシンに乗ってゴッホ兄弟に会いに行き、つらいことも楽しいことも共有したいという気持ちで書きました」と振り返る原田マハさん(カメラ・森田 俊弥)
  • 原田マハ著「たゆたえども沈まず」

 西洋の名画とその巨匠たちをテーマにした独自のアート小説の世界を切り開いている作家・原田マハさん(55)が、19世紀末のフランスで活躍したオランダの画家・ゴッホと同時代に浮世絵を世界に売り込んだ実在の日本人画商との邂逅(かいこう)を描いた「たゆたえども沈まず」(幻冬舎、1728円)を刊行した。今、静かなブームが起きているゴッホは、西洋画家の中でもなぜ、とりわけ日本人に愛されるのか。原田さんが突き止めようと考え出した答えがここにある。(甲斐 毅彦)

 「楽園のカンヴァス」でアンリ・ルソー(フランス)の世界観を描き、「暗幕のゲルニカ」でピカソ(スペイン)の真実に迫り、読者の心をつかんできた原田さん。ゴッホだけは「簡単に手を出してはいけない」テーマだった。画廊に勤める弟・テオを頼ってパリに渡り、生命の根源に迫る情熱的な名画を残したが、晩年は精神を病み、自らの左耳を切り落としてしまったということは有名。37歳で拳銃自殺を遂げた。

 「短くて、あまりにも激しい人生が先に情報として入ってきてしまい、取り組むならよほどの覚悟が必要だと思っていました。生前はほとんど作品が売れなかったのに、今では天文学的な値段になっている。日本にもファンが多いですが、そもそも、なぜ日本人は(後期印象派のゴッホを含む)印象派の画家が好きなんだろうと昔から疑問を持っていたんです。現代アートの源流をたどっていくとゴッホ、そして印象派に行き着く。自分なりに突き詰めるとその背景には日本美術があることが分かった。それが、どうやってもたらされたかと調べているうちに林忠正という人物に行き渡ったんです」

 林忠正とは、明治時代の日本の美術商。19世紀末、パリを拠点にして、浮世絵などの日本美術を世界中に売り広め、パリ万博の日本事務局の中心となった。西洋に「ジャポニズム」の潮流を生み出した立役者で、印象派の画家たちと交流があったという。作品はプロローグを経て、花の都・パリで好奇の目で見られる東洋人・林の奮闘から始まる。

 「当時の日本の浮世絵は現代で言えば茶わんを包む新聞紙のようなもので、全く価値を認められていませんでした。その価値を正当な形で西洋社会に認めさせた最初の人物。日本で最初のグローバルビジネスマンだったと思うんですよ。改めてその偉業を歴史の中から掘り起こしたかったというのが、そもそもの始まりでした」

 浮世絵の花魁(おいらん)図の模写を残しているゴッホは、林が寄稿した美術誌「パリ・イリュストレ」の日本美術特集号を所有していた。後に太陽降り注ぐ大自然を求め、南仏・アルルに移住したのは、ゴッホなりの「日本」を求めてのことであったといわれている。

 「林とフィンセント(ゴッホ)はものすごく近いところにいた。だけど、両者を結びつける文献や証拠が一切残っていないんです。研究者は(学術的な)論文にはできない。だけど、もしこの両者に関係があって、友情を育むようなことがあったとしたら?と考えて、そこにフィクションを作ってみたいと思ったんです。そして、その時代のパリがどういう街だったのかを活写してみたいという気持ちがありました」

 「たゆたえども沈まず」とは、セーヌ川が流れるパリ市に16世紀から存在する紋章の標語だ。戦乱、革命、ナチスによる占領、そして現代の無差別テロ。どんな荒波にもまれ、揺れても、パリという街は沈むことはない。このメッセージを原田さんは、パリに生きた林とゴッホの生涯に重ね合わせた。

 「フィンセントは自殺した(沈んだ)じゃないか、と言われるかもしれないけど、浮かび上がって、彼の描いた作品は全部私たちのところへ届いているわけです。林忠正という船も歴史の闇に沈んだかのように見えるけど、彼がやったことは現代アートへと脈々とつながっている。これは今、いろんな意味で揺らいでいる現代社会の人たちにも大きなメッセージになるんじゃないか、と思うんです」

 幼少の頃から作文よりも絵を描くのが好きだったという原田さんが「度胸と直感」で歩んできた人生の結晶が、本作をはじめとする数々のアート小説だろう。類例のないテーマを書き続けるのには大きな理由があるという。

 「名画が生まれる瞬間というのはものすごいミステリーなんです。画家が残した言葉や立ち会った人の文献はあっても、誰にも分からないことがある。今、私たちが絵の前に立つ位置が、かつてその画家が立っていた場所なんです。フィクションじゃなくて確実にそこにいた、と思う時、ハッとする。そこにいたんだという現実に励まされながら、その作品が生まれた瞬間を再現したい、といつも思います」

 上野の東京都美術館では来年1月8日まで「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」を開催中。私たちも、ゴッホがいた位置に立つことができるのだ。

 「アート小説を書く時にはいつも作品が『良き入り口』であって『良き出口』であってほしいと思っています。面白かったと思っていただけたら、それで終わりにせずに、ぜひ現実の世界で本当のアートを!」

 ◆原田 マハ(はらだ・まは)1962年、東京都小平市生まれ。55歳。関西学院大文学部卒業後、馬里邑(まりむら)美術館、伊藤忠商事を経て、早大第二文学部美術史科に学士入学(卒業)。森ビル森美術館設立準備室在籍時にニューヨーク近代美術館に派遣。05年「カフーを待ちわびて」で日本ラブストーリー大賞を受賞し作家デビュー。12年「楽園のカンヴァス」で山本周五郎賞受賞。同作と「ジヴェルニーの食卓」「暗幕のゲルニカ」で直木賞候補に。17年「リーチ先生」で新田次郎文学賞受賞。小説家の原田宗典氏とは兄妹。

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