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ドラフトで「カバは蒲焼きのカバ…」五輪代表候補も瀕死の事故 元西武・蒲谷和茂さんの今

2018年4月4日11時0分  スポーツ報知
  • 介護施設で働く元西武・蒲谷和茂さん
  • 高校時代にバッテリーを組んだ山田さん(左)経営の介護施設で働く蒲谷さん
  • 高校時代の蒲谷さん(山田さん提供)
  • 蒲谷さんの高校時代の活躍を報じる報知新聞(1984年7月22日付)

 波乱万丈の人生でも夢をあきらめなかった不屈の男は、現在、神奈川・横須賀にいる。元西武の蒲谷和茂さん(51)は、京急長沢駅前にある介護付老人ホーム「プラージュ・シエル湘南長沢」で介護福祉士として働いている。181センチの長身とがっちりとした体格で、元プロ野球選手だったと言われると納得できる面影はあるものの、柔和な表情で気さくに入居者に語りかける様子には、元アスリートとしての雰囲気を感じさせない。

 歩んできた道のりは栄光と挫折の繰り返しだった。蒲谷さんは、関東学院六浦高で、1年からエースとなり、2年夏の神奈川大会ではベスト8。関東屈指の本格派右腕との評判となり、1984年の3年夏は快進撃で勝ち上がった。甲子園出場まであと2勝と迫ったが、準決勝で向上と対戦。後に高卒でプロ入りする高橋智、大塚義樹に本塁打を浴び涙を飲んだ。蒲谷さんは「甲子園が一瞬頭をよぎりましたけど、チームの実力を分かっているので、大それたことだと思い直していました」。高校に進学した時、野球部の部員は11人。最初の夏が終わり3年生2人が抜けると9人になり、他部から助っ人を借りて大会に挑んでいた。入学まで初戦敗退が当たり前だったチームで蒲谷さんは文字通り孤軍奮闘していた。

 それでも最速145キロの直球と落差のあるカーブには、プロも高い評価を与えていた。同年秋のドラフトでは地元・大洋(現DeNA)が3位指名した。蒲谷さんにとっては驚きだった。「まさかプロに行けると思わなかったので…」。夏前に地元・社会人野球の名門・東芝への入社が決まっており、ドラフト前には12球団に指名拒否の“断り状”を出していた。予期せぬ強行指名に18歳の青年の心は揺れた。「親戚で会議を開けば『プロに行った方がいい』となるけれど、学校や監督は『東芝に決まっているから』と…」。甲子園常連の名門校であれば対応は違ったかもしれないが、蒲谷さんは退部届を出しておらず、プロとは接触できなかった。「あのときは毎日練習していたのに、新聞に『蒲谷、雲隠れ』って書かれて…。今思えば高校生で自分の意思がなかったんでしょうね」。大洋は本人と交渉することなく獲得断念を表明し、東芝への入社が決まった。

 心機一転、社会人野球に進んだ蒲谷さんは層が厚い東芝でも次第に頭角を現した。フォークを覚え最速は148キロとなり、3年目に抑えを任されると、翌年にはソウル五輪の日本代表候補に選出され、強化合宿にも呼ばれた。

 だが、日の丸を付けて世界と戦う夢ははかなく消えた。交通事故に遭ったのだ。5月、蒲谷さんは深夜に鎌倉の友人宅に向かうため運転していたところ、逗子市内で居眠りし、ガードレールに激突し車が大破する大事故を起こした。ガードレールをジャンプ台にして、隣接する横須賀線の線路の上に車があおむけになった。最終電車が通過して15分後の出来事で、最悪の事態こそ免れたが、利き腕の右上腕開放骨折、肋骨が3本折れ、肺に刺さった状態となり、瀕死(ひんし)の重傷を負った。

 高校時代にバッテリーを組んだ山田(旧姓・石井)衛さんは当時を振り返る。「連絡を聞いて、病院に駆けつけたら面会謝絶で。集中治療室で見たら全身から黄だんが出ていて『こいつ死ぬな』と思った」。救急病院から東芝中央病院に転院したが、3日間意識不明で、意識が戻っても2週間は記憶がない状態。結局2か月半の入院生活を余儀なくされた。約半年後に手術のために再入院。自分が投げていたかもしれないソウル五輪はテレビで見守るしかなかった。

 翌89年5月に練習に復帰したが「ボールが投げられない状態」でその年限りで野球部を退部して社業に専念した。オフィスワークをしながらも、心の奥底にあった野球への情熱の火は消えていなかった。時がたつにつれて、燃えたぎるように自らの心の中で大きくなっていることを感じていた。

 「社会人3年目の時に巨人からドラフト外でという話があったんです。自分は行きたかったんですが、会社からは『残って日本のために(五輪で)頑張ってくれ』と言われ断念しました。不注意で事故を起こして野球ができなくなったけれど、煮詰まっていないというか、もっと出来たはずだという思いが、頭の中にあったんです」。定時で帰社するとジムでトレーニングをして、週末は母校で汗を流した。暖かくなるにつれてパフォーマンスが上がってくることを感じた。届きそうで届かなかったプロ野球選手になりたいという強い思いを会社の同じフロアにいた前監督の前野和博さんにぶつけた。前野さんが西武に話を通し、練習生として入団することが決まり東芝を退社した。

 「1年間やってピッチングが出来るようになったら選手として契約するからと言われました」。給料は0円、寮費や食費以外の生活費は自己負担。練習生のため試合に出場は出来ないが、1年で球速は135キロまで回復。91年のドラフト9位で指名され、支配下選手となった。

 余談だが、その年から練習生とドラフト外入団が禁止され、すべての選手がドラフト会議にかけられることに。蒲谷さんは全体92選手の91番目で名前が呼ばれた。ドラフト会議の名物司会者・パンチョ伊東こと伊東一雄さんが名前を読み上げる最後の会議だった。84年に大洋から3位で指名された時には『蒲谷のカバはうなぎの蒲焼きのカバ』という説明で話題となったパンチョさんのアナウンスで、“正式”に西武の一員となった。

 晴れて念願の“プロ野球選手”となったが、当時の西武は黄金時代。選手層の厚さと1軍のレベルの高さを思い知らされた。「当時は垣内(哲也)が2軍で4番を打っていたんですが、彼は力いっぱい振って飛ばす感じでした。秋山(幸二)さんや清原(和博)が時々2軍に来て特打するんですが、バットに軽く乗せて運ぶ。それだけ違うしレベルの差を感じました」。投手も同じだった。2軍で落ちした郭泰源、渡辺智男が投げるボールの勢い、キレに度肝を抜かれた。「調子が悪くて(2軍に)落ちてきたのに球が違った」。事故の影響からか自身のパフォーマンスも上がらず、2軍での登板も果たせないまま、その年のオフに戦力外通告。練習生時代を含めて2年、ドラフト指名後1年のプロ生活に幕を下ろした。

 球団からは打撃投手や関連会社・西武トラベルへの就職を紹介されたが、高校時代の先輩の誘いを受けゴルフショップで勤務。その後は結婚し、夫人の実家である横浜・弘明寺の食堂を手伝うために調理師免許を取得。約10年後に、店を閉めることになり、将来を考え、介護ヘルパー2級の資格を取った。

 その資格が生きた。派遣社員としての介護施設の勤務は1年弱でやめ、その後は職を転々としたが、高校時代のチームメイトの山田さんが、経営していたスーパーをやめ転業。介護施設を経営することになった。山田さんは「(介護業界は)未知の世界なので、そう言えば蒲谷が資格を持っていたなと…。気心が知れている同級生だったので」。山田さんからの誘いを受け、2010年にオープンした介護付老人ホーム「プラージュ・シエル湘南長沢」で働くことになった。

 2人の出会いは小学2年の時、付属の小学校に山田さんが転校して以来の長き付き合いになる。中学では野球部に入ることをためらった蒲谷さんを山田さんが口説き落とし、三遊間を組んだ。高校3年では蒲谷さんの剛速球を受けられる同級生が他にはおらず山田さんが捕手になりバッテリーを組んだ。青春時代をともにした2人の人生は長い年月を経て再び交錯した。

 介護の仕事は入浴介護など体力を使う仕事も多い。蒲谷さんは「下の世話とか嫌がる人もいるけれど、自分は全然平気なんです。(入居者から)『ありがとう』と笑顔で言ってもらえるとうれしいですね。それを期待してやっていてはいけないんですけど…」。親友の会社で、プライドを持ちながら働き始め8年がたち、4月から介護主任から昇格し、施設長に就任した。

 紆余(うよ)曲折、波乱万丈の野球人生でも蒲谷さんからは恨み節は聞かれない。「プロ野球という普通の人が経験できないことを見られたので、ためになっているかなとは思います」。ただ一人、高いマウンドにいる投手という性格がそうさせるのか。豪快なピッチングのように、人生の岐路で、下した選択を受け入れる。置かれた状況で懸命に生き、そこに後悔を挟み込まない潔さを蒲谷さんの言動から感じとることができた。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆蒲谷 和茂(かばや・かずしげ)1966年12月25日、横浜生まれ。51歳。関東学院六浦小でソフトボールを始める。中学で野球部に入り内野手、高校から投手。2年夏は県8強、3年夏は県4強。84年ドラフト3位で大洋(現DeNA)から指名されるも、入団せずに東芝へ。88年にはソウル五輪代表候補入り。交通事故に遭い一時野球を断念。リハビリして退社後、西武の練習生となり、91年ドラフト9位指名された。登板機会ないまま退団。現役時代のサイズは181センチ、70キロ。右投両打。

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