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2000安打達成 ソフトバンク・内川を支えてきた臨床心理士・武野顕吾さんの“お仕事”

2018年5月10日10時50分  スポーツ報知
  • 内川をサポートしている臨床心理士の武野顕吾さん

 ソフトバンク・内川聖一内野手(35)が9日の西武戦(メットライフドーム)でプロ野球史上51人目の通算2000安打を達成した。名球会入りとともに、一流のバットマンとしての証となるその快挙の瞬間をファンを始め多くの関係者が見届けた。内川と契約し、メンタル面をサポートしている臨床心理士・武野顕吾さん(50)もその一人だ。

 武野さんは内川をサポートして今年で15年目となった。内川が横浜(現DeNA)に入団して3年目の2003年9月から現在まで、長きにわたって臨床心理士として心理面のサポートを続けている。武野さんにとって内川の最初の印象は強烈なものだった。

 「2003年の春でしたね。大田スタジアムだったと思います。ファームの試合で三振してベンチ裏に来て、がんがんコンクリートの壁を殴っている選手がいたんです。こんな悔しさを出せる選手がいるんだなと思いました。エネルギー量がすごく高い選手だと思いました」。当時の横浜の2軍は「湘南シーレックス」として名称も違えばユニホームも違った。2軍の舞台で悔しさを出す選手はいてもここまで感情を表に出す選手はいなかっただけに、印象に残った。

 武野さんは当時、国際基督教大(ICU)の大学院に所属しながら、チームにも通って心理面のサポートを目指していた。武野さんが最初にベイスターズとの接点が出来たのは大学院で臨床心理学を学んでいた97年だった。野球選手を対象にした修士論文を執筆するために、プロ野球選手を対象にしたいと、球団に願い出たところ、球団は快く協力をしてくれた。質問紙に多くの選手が回答を寄せ、数人の選手には直接対面しインタビューも出来た。修士論文の執筆を終えた翌98年、球団に報告に行った際に、チームと一緒に行動してメンタルのサポートの勉強をしたいと申し出たところ、これまた快諾を得た。ボランティアの形で2軍のチームに帯同する時もあり、04年から球団と正式契約し、「若手育成プロジェクト」の一員として新人選手の心理面をサポートするようになったが、その前年に内川と個人契約を結ぶことになった。

 「球団のある人から紹介されたんです」と武野さん。内川とはあいさつを交わす程度の関係だったが、クライアントとなり、あのとき、コンクリートを殴っていた選手だったことを知った。当時の内川はイップスに悩んでいた。イップスはスローイングなどそれまで無意識に出来ていたプレーが、突然、思い通りに出来なくなること。精神的な面が大きいとされるが、原因はまだ解明されていない。武野さんは内川と面接を始めることになった。

 臨床心理学では面接の時間が45分間と決められており、頻度も週1回が理想とされている。どんなに会話が盛り上がろうとも時間内に終わる。武野さんは一般論として臨床心理学的なアプローチを説明してくれた。「心の深い話をして、起こった事に関して、その奥にどういう自分が反映されているか、どういう気持ちが潜んでいるのかを知ることなんです。すぐに問題を解決するわけではないんです」。一言で“メンタル”といっても、緊張を和らげるための呼吸法や成功した時のイメージトレーニング、ルーティーンといった儀式を取り入れるなどの、スポーツ心理学としてのメンタルトレーニングとは方法論が異なる。

 3つのアプローチがある。物事を解決するためにどう動くかを検討する「ガイダンス」。気持ちの立て直しを図る「カウンセリング」。さらに自身の心の構造を少しでも変えていこうとするための「サイコセラピー」。武野さんが内川に行っているのはサイコセラピーが中心だという。ある事象に対してそれが今までのパターンの同じ現れなのか、違う変化の現れなのかを2人で検討していく。

 具体的な面接の内容については武野さんは明かさない。「クライアントについてコメントするのは守秘義務や倫理規定にふれるんです」。ここまで順調に進んだのかという問いにも「一般的に言えば、どんな面接も順風に行くことはないですね。気持ちなので…。人間は成長したと思えば壁があるものなので…」と言葉を濁した。それでも、武野さんと内川の関係は15年続いている。内川がFA移籍しても途絶えることなく、面接の回数は500回を超えた。何より強い信頼関係がなければ、ここまで続くことはないだろう。

 2人で解決策を探る間柄はどういうものなのか。ともに壁を乗り越えていくことは夫婦に近いのでは…。そんな問いかけに武野さんは「夫婦とは違いますかね(笑)。夫婦は主に主観で話し合いますが、専門的な立場で俯瞰(ふかん)していないといけない。我々にはそういった訓練も必要とされます」。そのために、武野さんも逆にクライアントとして師匠と面接することを欠かしていない。

 武野さんのクライアントは内川だけなく、サッカー選手、ゴルファー、陸上選手、会社経営者と多岐にわたる。どう向き合っているのか。武野さんは興味深い話をしてくれた。「体験は本人しか出来ないので、完全に本人の皮膚感覚を理解することや、“はら”で感じることはできません。その人の感覚はオリジナルなものなので、それを少しでも理解するという感じですね」。具体例としてニューヨークで見たピカソの絵画を挙げた。「最初はギョッとして『何だこれ?』と思いました。でも『ピカソの目から世の中を見たらこう見えたんだ』と思うとインスピレーションが沸きました。その人にはこういう風に見えている、世の中をとらえている、と理解することは出来るんです」。ピカソの絵を通じて自身の仕事を感じ取ったという。

 臨床心理士とクライアントの関係について聞くとこう答えた。「登山家の3歩後ろについているシェルパ(ガイド)のようなものですかね。アドバイスを求められたら専門家として答えますが、最終的なジャッジメントは登山家がするんです。本人が歩くことをサポートしている感じです」。

 現在は、火曜から木曜までは練習から見守り、試合を観戦し、その間に面接を行う。「僕も1回1回が勝負で、瞬間、瞬間に生きています」。試合に挑むアスリートのように、武野さんは臨床心理士として“面接”に向き合っている。

 内川の2000安打をどう思うか。愚問を覚悟で聞いてみると武野さんは答えた。「すみません、これについても答えられないんです。自分の言葉によって(2人で行う)面接に影響を与えたくないもので…」。真剣勝負に影響するかもしれない、少しの雑音も入れたくないという強い決意が感じ取れた。武野さんにとって臨床心理士という仕事は…。ようやく口を開いた。「人が変化するのに立ち会えることはすごくうれしい。どんな方でも、ガラッと変わる瞬間があります」。

 スポットライトを浴び、華やかなセレモニーで祝福される内川の姿を見て、個人として心に起こる感情は色々あるだろう。そこをグッとのみ込んで、節目の瞬間を見届けた武野さんに、ともに歩んだ臨床心理士としての責任と矜持(きょうじ)を感じている。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆武野 顕吾(たけの・けんご)1967年9月26日生まれ。50歳。日大習志野高ではソフトボール同好会(当時)でプレー。国際基督教大に進み、硬式野球部に所属。91年に教育学科を卒業後、ソニーに4年間勤務。その間、同大の野球部監督を務める。95年にカナダに渡りトロント近郊のアマチュア野球チームでプレー。帰国後、国際基督教大大学院に進み臨床心理学を専攻、98年に博士前期課程卒業、2004年に博士後期課程満期退学。04年から7年間、横浜ベイスターズとチーム契約。現在はソフトバンク・内川と個人契約を結ぶほか、サッカー、ゴルフ、陸上などのスポーツ選手や会社経営者のメンタリティーを鍛え、追求することをメインに活動している。

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