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ファンが大合唱した西武・浅村の「キセキ」…新聞記事と秋山の“連係”で生まれた

2018年6月4日16時0分  スポーツ報知
  • 西武・浅村

 懐メロを聴くと、当時のことを思い出す―。ある曲を聴くと、甘酸っぱい青春時代を思い出したり、苦い思い出がよみがえったり…。そんな経験は誰しもあるはずだ。

 4月17日に行われた西武・日本ハム戦(東京D)。5回、西武・浅村が打席に入る前に流れた出ばやしは、いつも使用している曲ではなく、なんとGReeeeNの「キセキ」が流れた。同曲は、かつて西武に在籍した中島(現オリックス)が使用していた。まさかの“サプライズ”に、会場が、どよめき、ファンは大合唱した。後日、実は「キセキ」が流れるにあたって舞台裏があったことを知った。

 私は4月17日付の紙面で、「08年日本一応援歌、初東京D主催試合で甦る」という原稿を書いた。「埼玉西武ライオンズ応援団 若獅子会」が、4~6回の3イニングのみ08年当時の“復刻応援”を行うというものだった。浅村のパートでは中島のメロディーが流れるなど今はもう聞くことのできない、旧レオ応援歌を行うという試みだった。

 試合当日。この原稿を読んだ秋山が、浅村に内容を伝えた。「今日、こんなことがあるみたいだぞ―」。それを聞いた浅村は、ならばと登場曲を「キセキ」に変えたのだ。同日は、「ライオンズ・クラシック2018」と題し、選手、首脳陣は04年~08年に使用し04年と08年に日本一に輝いた“縁起物”の復刻ユニホームを着用した。来場者には復刻ユニホームが配布された。加えて場所は08年の日本S第7戦・巨人との激闘を制し、渡辺監督を胴上げした東京D。全てがそろった。締めは、主将の“遊び心”が完璧な“シチュエーション”を作り上げた。

 入団して以来、遊撃の定位置にいた中島の背中を追いかけてきた。中島のアスレチックスへの移籍が決まった際には、グラブを譲り受けた。自身のミスで試合に負けた時に一通の励ましのメールが届いたこともあった。いつになっても憧れで、大好きな先輩だ。

 試合後、浅村は「中島さんの応援歌を自分が使うとは…。憧れの存在だったのでうれしかったすよ」とニッコリ。主将2年目。「こういう企画はお客さんも、自分たちも盛り上がる。またやってほしい」。多くのファンもまた、浅村の“サプライズ”に期待しているに違いない。(記者コラム・小林 圭太)

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