巨人の元ドラ1投手が“打つ”絶品うどん…横山忠夫さんの店「手打うどん 立山」

スポーツ報知
「うどんの唐揚」を紹介する横山さん

 料理がおいしいと評判のお店が、スポーツで名を馳(は)せた人が関わっていると、行ってみたくなるもの。アスリートたちの競技人生の、様々な思いが込められた料理を味わえるお店にうかがう企画がスタート。第1回は、立大野球部出身で元巨人投手の横山忠夫さん(69)が都内で経営する『手打うどん 立山』におじゃました。(谷口 隆俊)

 池袋駅西口を出て徒歩数分の繁華街に横山さんの店がある。今日も学生やサラリーマンらが、元巨人投手プロデュースの料理に舌鼓を打っている。

 うどん・そばは「たぬき」や「ざる」(ともに650円)の定番のほか、人気の「ごぼう天」は800円、「みそ煮込うどん」は850円とリーズナブルだ。今年で38年目だが、値段設定は開店当初とほとんど変わらない。「高級感なんて全くないし、食べて、おいしいと言ってくれればいい」と横山さん。「店に出て、お酒を作ったりもしていますよ」という。

 北海道・網走南ケ丘高では1967年夏の甲子園に出場。立大では70年秋の東大戦でノーヒットノーランを記録するなど東京六大学で16勝。71年のプロ野球ドラフト会議で巨人から1位指名を受けて入団した。イースタンで20連勝を記録し、立大の先輩・長嶋茂雄監督1年目の75年に8勝を挙げたが、その後ロッテに移籍。78年のオフに引退した。

 「プロ野球もいいが、次の人生も大事だぞ」。プロ入りした際に、当時の野球部長だった野口定男元立大教授(故人)から掛けられた言葉を思い出し、巨人で先輩だった堀内恒夫さん(スポーツ報知評論家)に相談。銀座のうどん店を紹介してもらい、3年間、みっちり修業した。

 5万人のスタジアムを沸かした右腕。白球をうどん玉、グラブを丼に持ち替えるのに、抵抗は確かにあった。「包丁も持ったことがないし、洗い物もしたことがない。ある時、新橋の店舗に鍋を届けるために店のユニホームに長靴姿で銀座の町に出た。誰かに見られたら嫌だなとか思っていたけど、たった30分の往復して帰ってきたら、そういう格好つける気持ちはなくなっていて、『ああ、俺はうどん屋を本当にやるんだな』と思えた。心のどこかに『野球』というのが残っていたんだけど、すっかりなくなった。ここでやっていくという覚悟ができた」

 1年目は掃除や洗い物から始め、うどんの作り方などを学ぶなど店での修業に励んだ。2年目は本部に勤務。3年目には、銀座にできた本店の初代店長を務めた。その後に独立し、池袋に横山ならぬ「立山」をオープンした。「大学があるから、学生をターゲットに、という考えもあったけど、大学生は休みが多い。だから、一般の社会人をターゲットにして、お酒も飲めるようにした方がいいかなと思った」という。本部勤務で経営などを学んだことが生きたのだ。「商売の才覚? そんなのはないよ。たまたま、だよ」

 おいしいうどんの評判に常連さんがついた。堀内さんをはじめ、野球関係者も足を運んだ。「商売だから波はあるよ」と言うものの、「第2の人生」は順風満帆…に思えた。だが、99年秋、母校が東京六大学で久々の優勝を決めた翌日に下血。大腸がんだった。

 手術で大腸を1メートルも切ったが、がんは肝臓に転移。手術を受けたが、「さらに肝細胞がんになって…。がんがいっぱいできていて、余命は3か月から半年とか言われた」という。肝臓移植しか生きる望みはなかった。ドナー候補は妻・敦子さんと長男、長女。だが、横山さんは「身内の体を傷つけてまで生きていいのか」と悩み抜いた。その時、再び背中を押してくれたのが堀内さんだった。「お前、死んだらおしまいだよ。命に代えられないだろ。家族が(提供すると)言ってくれるんだから、受けろ」

 敦子さんが肝臓を提供してくれることに決まった。「体の小さな女房が体の大きな俺(現役時代は181センチ、81キロ)に肝臓の一部をくれて…。それで俺は今、生きている。頭、上がらないよね。大きなプレゼント、もらったよ」

 2017年春、立大が18年ぶりにリーグ戦で優勝。大学選手権には長嶋さんも応援に駆けつけた。その時、横山さんは長嶋さんと大声で母校の校歌を歌った。「こんなうれしいことはあるのかと…。生きていてよかったと、本当に思った。感激したなあ」

 横山さん自信の「ごぼう天うどん」をいただいた。うどんは国産小麦粉使用の自家製麺で、時には横山さん自身も打つことも。舌触りもなめらかで、心地良いのどごしだ。カラッと揚がった天ぷらは、ゴボウの歯ごたえが実にいい。かめばかむほど甘みも出る。

 おつまみ系で人気メニューの一つが「うどんの唐揚」(600円)だ。「生のうどんを揚げたやつだよ。ビールとかお酒のつまみにいいと、みんなに喜ばれています」。カリカリに揚がったうどんは香ばしくて後を引く。

 さつま揚げ(600円)や特製のうどんつゆをかけて食べる「納豆つまみ」(500円)や、うどんにも乗せる「ごぼうのかき天」(600円)も人気。灰汁(あく)が出て油が汚れるからと敬遠されがちなゴボウをあえて天ぷらにした。「ウチは個人の店だから。おいしいし、それに繊維質が豊富ということで、主人が考えたんです」と、敦子さんが人気の秘密を教えてくれた。

 「商売だから、もういい時もあれば、悪い時もあるけど、こうやって続けてこられたのは、お客さんや仲間のおかげ。堀内さん、常連さん…。お客さんで野球部も作っていますよ。立教の関係でも、野球部だけではなく、他の部のOBの方々も寄ってくれたり…。本当にいい仲間がいる。お店を続けられるのは、いい仲間がいるからだよ」。家族、仲間に支えられる喜びにあふれる笑顔で、横山さんは今日もうどんを提供する。温かい。うまいはずだ。

 ◆手打うどん「立山」 東京都豊島区西池袋3の29の3 梅本ビル1階。月~土は11時30分~14時、16時~22時。日曜休。TEL03・3985・7007。

 ◆横山 忠夫(よこやま・ただお)1950年1月4日、北海道生まれ。69歳。網走南ケ丘高では67年夏の甲子園に出場。立大から、71年のドラフトで巨人から1位指名を受け入団。75年に8勝(うち完投7)。ロッテに移籍後、78年オフに引退。プロ通算70試合12勝15敗、防御率4・64。イースタンでは20連勝を記録している。右投右打。立大野球部OB会会長。

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